<?xml version='1.0' encoding='UTF-8'?><?xml-stylesheet href="http://www.blogger.com/styles/atom.css" type="text/css"?><feed xmlns='http://www.w3.org/2005/Atom' xmlns:openSearch='http://a9.com/-/spec/opensearchrss/1.0/' xmlns:georss='http://www.georss.org/georss' xmlns:gd='http://schemas.google.com/g/2005' xmlns:thr='http://purl.org/syndication/thread/1.0'><id>tag:blogger.com,1999:blog-512528707673175520</id><updated>2011-07-08T09:01:00.262+09:00</updated><title type='text'>インド：精神世界の旅</title><subtitle type='html'></subtitle><link rel='http://schemas.google.com/g/2005#feed' type='application/atom+xml' href='http://vhairavi.blogspot.com/feeds/posts/default'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default?max-results=100'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://vhairavi.blogspot.com/'/><link rel='hub' href='http://pubsubhubbub.appspot.com/'/><author><name>小林由典</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00188277427736178814</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><generator version='7.00' uri='http://www.blogger.com'>Blogger</generator><openSearch:totalResults>18</openSearch:totalResults><openSearch:startIndex>1</openSearch:startIndex><openSearch:itemsPerPage>100</openSearch:itemsPerPage><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-512528707673175520.post-1888410915636601966</id><published>2009-06-28T19:37:00.008+09:00</published><updated>2009-11-20T23:27:19.142+09:00</updated><title type='text'>カトマンズに到着</title><content type='html'>　ネパールはヒマラヤ山脈の麓という感じで、目的のカトマンズは盆地だった。&lt;br /&gt;　インドと比べると緑も多く、どこかホッとする。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　空港の建物は驚くほど小さく、成田のようにどこに行くのか迷うような事はなく、ポツンと一軒家が建っているといった風情だ。電気もついていない空港は初めてだ。&lt;br /&gt;　簡単なチェックアウトを済ませて、ロビーに出てみると、ガラスのない鉄格子窓から無数の客引きらしい連中が中を覗いていて、ぎょっとする。&lt;br /&gt;　外は夕日が射していて、シルエットになった無数の日焼けした顔と、さしのべられている手。まるで、動物園の檻の中と外状態。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　荷物が搬入されるのを待っていると、台車を連結したカートがやってきて、荷物を人力で仕分け台の上に乗せるのだけれど、扱いが非常に雑だった。&lt;br /&gt;　わたしの小さなザックは金網で内フレームを自作したもので、ナイロン帆布が張りつめているため、コロコロしており、見ている前で荷物の山からコンクリート床に転げ落ちてしまった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　中にはカメラや電気カミソリなどの文明の利器がはいっているので、肝を冷やしたが、どちらも破損はしていなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　荷物の出てくるのが遅い順番だったせいか、手続きを済ませて外に出ると、空港バスはすでに出発していた。実にいい加減で、乗り遅れた外国人乗客たちは、客引きの格好の餌食となった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　外人だと法外な運賃をふっかけられるので、いったんロビーに戻り、警備の警官を呼んできて、宿泊予定のコテージ・オーロラのあるディリー・バザールに行くよう、値段の交渉をしてもらった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　インドでもそうだったが、ここでも警官は強権的で、こん棒を振り回し、悪徳（？単にワイロを使っていないだけか）運転手を排除して、一台のタクシーを紹介してくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　チップを渡すと、この警官は頭をかしげるOKの合図をして、次の観光客の方に向かって行った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　長いような短いような、全く初めての土地をきょろきょろしながらタクシーに揺られ、ようやく目的のコテージに到着した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　建物は石塀と鉄の門で閉ざされており、わたしは大声をあげて中の人を呼び出した。&lt;br /&gt;　ほどなく高校生くらいのボーイが出てきて、わたしを迎え入れてくれた。この少年は日本語を日本人の小学生レベルで話せる。（後で分かったのだけれど、年齢は20歳以上で、結婚しているのだとか）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　コテージ・オーロラの女主人藤原黎子さんはモスクワ友好大学に留学中に、カトマンズ出身のご主人ナラヤン・N・バイジャさんと知り合い、後に結婚してここにコテージを開業したという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　（その後のたよりではお二人は離婚をしており、藤原さんは別な場所でコテージをオープンすべく支援を集めに日本に戻られたそうですが、わたしも仕事で何度か転居しており、連絡が取れなくなってしまいました。）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ともかくも、安心して食べられる食事と、安眠できる部屋を得られて、ホッとしました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/512528707673175520-1888410915636601966?l=vhairavi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://vhairavi.blogspot.com/feeds/1888410915636601966/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=512528707673175520&amp;postID=1888410915636601966' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/1888410915636601966'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/1888410915636601966'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://vhairavi.blogspot.com/2009/06/blog-post.html' title='カトマンズに到着'/><author><name>小林由典</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00188277427736178814</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-512528707673175520.post-8820817847422193872</id><published>2009-05-02T09:22:00.008+09:00</published><updated>2009-06-14T23:38:48.735+09:00</updated><title type='text'>白昼夢のコルカタを歩く</title><content type='html'>　コルカタの町中を歩いていると、とにかく物乞いやポン引きにつきまとわれて、おちおち歩いていられない。道ばたから声をかけるだけの日本の歓楽街のポン引きなどと違って、しつこくつきまとう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　物乞いも、行く手に立ちふさがるし、子どもなどは衣服の袖をひっぱるし、レプラやライ病患者の物乞いは病変した手を幽霊のように胸の前に出して迫ってくる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　時には10人以上徒党を組んで、観光客を取り囲んだり道路をさえぎったりする。&lt;br /&gt;　物見遊山の観光客など、卒倒しかねない情景が日常的に行われ展開しているのだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は翌日早々にインディアン航空を訊ね、その日の昼に出発する飛行機をブッキングして、ホテルに戻り一安心した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　とにかくコルカタはぽん引きがしつこくて、歩くのに難儀する。娼婦の客引きがほとんどで、「何人（じん）が好みだ？」と訊いてくる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私も俄然興味をもって、「何人（じん）がいるんだ？」と問い返してみると、インド人、ネパール人からフランス人、日本人もいるよ、という。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「なに？日本人がいる？本当か？」と返答すると、&lt;br /&gt;　「とにかく、来てみなよ！」という。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「残念だね、私はロシア人が好みだから」というと、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「アッチャー、ロシア人もいるよ！」と言う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そんな連中を押し分け、追い払い歩くと疲れることこの上ない。&lt;br /&gt;　彼らも生きていくために必死なのだろうけど、初めて訪れた異国で訳のわからないところについて行くほどガキではない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　通りがかりのリキ車を呼び止めて飛び乗り、その場を逃げ出すのだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ホテルで朝食兼早い昼食をとる。&lt;br /&gt;　チキンカレーと、ライスに、ダル・スープという質素なもの。&lt;br /&gt;　注文したときは質素にするつもりはなかったのだが、出されたものは質素そのものだった、ということ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　チキンカレーはほとんど鶏ガラスープという感じで、それがチキンカレーだとは後まで判らなかった。鶏肉などついてない、鶏ガラが入った、水のように薄いカレー液。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　それをライスにかけるとスッとしみこんでいって、何の具もみえないという感じ。鶏ガラだけ。仕方がないので、ダル豆の味噌汁ふうスープもライスにかけて、スプーンですくって食べた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　客室ボーイ（といっても厳ついオヤジだが）が食後のチャイを持ってきたので、注文のチキンカレーはどうしたと訊くと、それがそうだとテーブルの鶏ガラスープを指さす。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ええっ！と、絶句するしかなかったです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　まいったね、これがインドのカレーかい？という感じ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は早く、コルカタを後にしたくなった。&lt;br /&gt;　日本を出発したときは寒い日だったのに、コルカタはこの時間で気温40度を超す暑さ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　心細い一人旅もあって、ほっと一息つける場所が欲しいと痛切に感じていた。&lt;br /&gt;　&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/512528707673175520-8820817847422193872?l=vhairavi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://vhairavi.blogspot.com/feeds/8820817847422193872/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=512528707673175520&amp;postID=8820817847422193872' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/8820817847422193872'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/8820817847422193872'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://vhairavi.blogspot.com/2009/05/blog-post.html' title='白昼夢のコルカタを歩く'/><author><name>小林由典</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00188277427736178814</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-512528707673175520.post-1727093617438098828</id><published>2009-02-28T10:51:00.007+09:00</published><updated>2009-03-21T11:41:44.510+09:00</updated><title type='text'>コルカタからカトマンズに逃げた、旅の始まり</title><content type='html'>　Pramod Kumar のシタールを紹介するために、いきなり旅の終わりの部分に飛ばしてしまいましたので、途中が欠落しています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　旅の始まりから順を追って書き進めていきたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　タイのバンコックでトランジットして、乗り換えた飛行機はコルカタのダムダム空港に降り立った。　&lt;br /&gt;　Kolkata（当時はカルカッタ）はヒンズー的混沌とアジア的貧困と人口過密国のエネルギーが渦巻く異質な世界だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://4.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/ScQ9RoiX24I/AAAAAAAAAX4/3Edf9jmGEAA/s1600-h/kolkata01.gif"&gt;&lt;img style="cursor: pointer; width: 400px; height: 259px;" src="http://4.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/ScQ9RoiX24I/AAAAAAAAAX4/3Edf9jmGEAA/s400/kolkata01.gif" alt="" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5315440833352686466" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　バングラデッシュ上空ではガンジス川河口に広がるデルタ地帯が手に取るように見え、それを過ぎると右手にヒマラヤ山塊の白い頂をながめながら、いよいよインドだという興奮がわき上がるのを抑えきれなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　手荷物を受け取り、空港の銀行でトラベラーチェックをインドルピーに両替して、まず宿泊予定のホテルに予約の電話を入れた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　これは事前に奄美大島で会ったシチュウからもらった『インドを歩く本』で、リストアップしたものだった。&lt;br /&gt;　彼はネパールがメインの旅だったので、その部分だけ取り外し、インドのページだけ渡してくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　インド人の英語はRの発音がひどい巻き舌になるようだったが、マザータング（母国語）ではなく外国語なので、同じく外国語である私にも理解しやすかった。つまり、猛烈な早口でしゃべるわけではないので分かりやすい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ただMercury Travel （マーキュリー・トラベル）をメルクーリィー…というように発音するので、スペルを類推する必要があり、頭が忙しくなる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ホテルが予約できたので、その方面に行く空港バスを探した。&lt;br /&gt;　まず、カルチャーショックを受けるのが、乗客以外には女性の姿がほとんどなく、係員は厳つい顔にヒゲをたくわえたベンガル男ばかりだということだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　彼らは背が高く、ほおが落ちくぼむほど痩せていて、眉毛も濃く、ニコリともしないで、ほとんど睨み付けるような鋭い目をしている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そのうえ、衣類はほとんどがカーキ色、つまり軍隊色一色であること。どこぞの軍事空港にでも迷い込んだか、という世界なのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　しかし、空港内は喧噪はあるものの、意外と整然としている（外と比べれば）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　けれども一歩建物を出て、バスターミナルに向かおうとすると、まるで飢えた難民の群れかと錯覚しそうな連中が待ちかまえていて、袖を引っ張ってタクシーの客引きをしている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　何というか、オオカミに取り囲まれたような状態で、普通の人ならパニック症候群に陥るかもしれない。&lt;br /&gt;　私は予備知識を持っていたので、彼らをかき分け、振り払い、追い払いながら、ほうほうの体で目的のバスを探し当て、乗り込んだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　バスの窓は護送車のように鉄格子が張り巡らされている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　インドの道路は人力車やバタバタというオート三輪、歩行者はもちろん牛や水牛、ラクダなど、ときには象が荷物を積んで歩いている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　空港からの幹線道路は比較的整備されていて、バスはスムーズに走ったが、途中から、市街地に入ると、とたんに混み出してくる。バスは慣れたもので、クラクションを頻繁に鳴らしながら走っていく。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　あるところで、渋滞があり、バスがのろのろ運転になった。気づくと、そこは瓦礫とゴミの山みたいなものが広がっている。バスが止まると、そのゴミの中からわき出したように多くの人間が顔をあげて、こちらを見た。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　これにはさすがにギョッとした。ゴミの中から、人が湧いてくるような錯覚を覚えたからだ。&lt;br /&gt;　早くバスが動き出さないかな、と少しあせるほどだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　他の乗客は何事もないように無視しており、奇妙なコントラストを見せていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　程なくして、バスはターミナルステーションに到着した。&lt;br /&gt;　前途多難だな、という気持ちを抱いて私はバスを降りたのだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私はすぐにリキシャを呼び、ホテルの場所を言って、まっすぐにホテルに向かった。&lt;br /&gt;　インドの道路は聖人の名前を付けたものが多く、このVivekananda というのも、有名なスワミ・ヴィヴェーカナンダの名にちなんでいる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://2.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/ScRQi-7wWEI/AAAAAAAAAYA/_oHsYFjIesg/s1600-h/vivekananda_rd.gif"&gt;&lt;img style="cursor: pointer; width: 400px; height: 303px;" src="http://2.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/ScRQi-7wWEI/AAAAAAAAAYA/_oHsYFjIesg/s400/vivekananda_rd.gif" alt="" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5315462022143432770" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　記憶では、この辺だったろうなという感じですが、人混みの中をあっちこっち走っていただけなので、正確には分からない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ホテルといっても、平屋のコッテージみたいなところで、建物は石造りだけれども内装･調度は日本では考えられないほど粗末なものだった。&lt;br /&gt;　前日の（正確には当日の午前２時すぎに到着している）バンコックでは、深夜ということもあり空いているホテルを探すことができず、やむなく空港に引き返しロビーのイスで仮眠をとっただけ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　とにかく、部屋で一眠りしたかった。私は、チェックインをすませると転がり込むように部屋に入り、ベッドに横たわってそのまま眠りについた。&lt;br /&gt;　時差の関係と、神経の興奮で寝苦しかったが、ひとまずインドで一息つくことが出来たのだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は、少なからずカルチャーショックを受けて、ともかく早くネパールに逃れたいなという気になっていた。　&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/512528707673175520-1727093617438098828?l=vhairavi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://vhairavi.blogspot.com/feeds/1727093617438098828/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=512528707673175520&amp;postID=1727093617438098828' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/1727093617438098828'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/1727093617438098828'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://vhairavi.blogspot.com/2009/02/blog-post_28.html' title='コルカタからカトマンズに逃げた、旅の始まり'/><author><name>小林由典</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00188277427736178814</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' 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/&gt;言葉ではフィーリングが説明しにくいので、図説しましょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://1.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SaTPIiOAdLI/AAAAAAAAAXw/L2nnRogduBo/s1600-h/dha-ni.gif" onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}"&gt;&lt;img alt="" border="0" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5306594006480745650" src="http://1.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SaTPIiOAdLI/AAAAAAAAAXw/L2nnRogduBo/s400/dha-ni.gif" style="cursor: pointer; height: 130px; width: 400px;" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Dha Dna－Ni を簡単に言えば、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「分かった、Ishii 、君の気持ちを深く受け止めたよ&lt;span style="color: red; font-weight: bold;"&gt;♥&lt;/span&gt;……」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ということにでもなるでしょうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;言うまでもなくIshwara はRag Yaman などは自在に歌える娘ですから、その意味をすぐに分かるのですね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;だから、ホッペに口紅スタンプをしたということです。&lt;br /&gt;吸い付いたりしていませんのでチューではありません。ただのスタンプ。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/512528707673175520-7237719076093265500?l=vhairavi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://vhairavi.blogspot.com/feeds/7237719076093265500/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=512528707673175520&amp;postID=7237719076093265500' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/7237719076093265500'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/7237719076093265500'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://vhairavi.blogspot.com/2009/02/blog-post_25.html' title='Ｒａｇ　Ｙａｍａｎ 以心伝心の意味'/><author><name>小林由典</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00188277427736178814</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://1.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SaTPIiOAdLI/AAAAAAAAAXw/L2nnRogduBo/s72-c/dha-ni.gif' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-512528707673175520.post-6435095472313992866</id><published>2009-02-20T22:49:00.007+09:00</published><updated>2009-02-21T03:26:10.128+09:00</updated><title type='text'>ガンガの荼毘を見つめて輪廻を思う</title><content type='html'>　バラナシで30歳の誕生日を迎えていた私ではあったが、それで分別くさい男になっていたわけではなかったと思う。&lt;br /&gt;　Guru Jii の家庭はベジタリアンであり、そこに寄宿していた私は食生活の違いから10キロ以上も体重が落ちて、貧血状態になっていたのだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　アルゼンチンの弟弟子は、「自分の国では朝から１キログラムのステーキを食っていた」と話し、栄養失調になるからと時々中華料理店で夕食をとっていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私も１、２度付き合わされたが、麺類を食べるにとどめていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　それというのも、ベジタリアンの食生活をしていると、体質的なものが植物的にというか陰性体質になってきて、ある種の感覚が鋭くなることが分かってきたからだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　肉食をしていて体が脂ぎっている時には分からない第六感のような、感じる能力が強まってくるのだった。それはインド音楽のラーガ（心を彩るもの）というものを理解する上で、必要な能力だろうなと思えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　季節的な要素、一日の時間帯の要素、そういったものがラーガの要素として規定されている。インド音楽では「Nada　Brahma」つまり、音（音楽）＝神（の声）という考えであり、心を無にするためには、脂ぎっていては邪念･雑念が生じやすい。それが、植物的になると、こころが平静になりやすいし、瞑想なんかもすっと入りやすい。&lt;br /&gt;私は、貧血になりながらも、それと引き替えに増してくるそのような感覚をむしろ大切にしたかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://4.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZ64CKMfvdI/AAAAAAAAAXQ/1F5Zrp-JOCc/s1600-h/rikisha.jpg"&gt;&lt;img style="margin: 0pt 10px 10px 0pt; float: left; cursor: pointer; width: 200px; height: 302px;" src="http://4.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZ64CKMfvdI/AAAAAAAAAXQ/1F5Zrp-JOCc/s320/rikisha.jpg" alt="" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5304879758325038546" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;だから、Guru Jii　の言いつけを守り、Ishwara には触れないように自制が利いていたのだと思う。気持ちは熱くなりかけていたけれども、体は貧血状態…。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そうでなければ、持ち前の好奇心から、サリーの下には下着を着けていないという話が本当かどうか、絶対に尻に触って確かめていたはずだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そういう元気がなかったということになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次の日、私はリキシャに乗って、ゴドーリア地区に舞い戻り、あの親子がどうなっているのかを確かめに行った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（上の写真はリキシャに乗って、裸足で木製のペダルを踏んでいるリキシャマンの脚を写したもの。…別の時期に撮影している）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　男の死体は元のように、道ばたに寄せられており、ムシロが被せられていた。はみ出している足のすねは骨と皮ばかりという感じで、乾ききった空気と暑い日差しのせいで、既に半ばミイラのような状態になっている。&lt;br /&gt;　そして、ムシロの上には幾ばくかの小銭が集まっていた。&lt;br /&gt;　傍には、涙も出なくなった子どもが、両膝を抱えてうずくまっている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　近くの屋台で私はサモサという、具の詰まった揚げ物を一袋買い求め、遺体の傍を通りすがる刹那におつりの小銭とサモサの袋をゴザの上に落として、そのままダサスワメート・ガートに入っていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　いつものようにガンガ（ガンジス川）チャイを飲んでいると、顔を見知っている子どもが近寄ってきて、「また帰ってきたの？」と話しかけてきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は少年に、「あそこで作業をする人を知っているか？」と、火葬台を指さして訊ねた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　少年は黙って首をかしげた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「アッチャー、その人を連れてきてくれ」といってその子に10パイサのチップをあげた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ほどなく、少年が一人の男をつれてくるのが見えたので、私は立ち上がって階段の上の方に歩き出し、通りが見えるところまで男を従えて歩き…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「仕事をしてくれ」といって、男に５ルピーを渡して、あごで30メートルほど先の男の遺体の方を示して見せた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「薪が足りなければ、そのお金から充足してくれ」とも言ったが、言葉はほとんど通じていないようだった。しかし、荼毘に付すようにという意味は、自分の仕事がら理解したようだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　男は、黙って首をかしげて「ハーン」（Ｙｅｓ）といって、お金を乗せた手のひらを合わせて、私に合掌した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私も黙って、首をかしげてから、道ばたのバザールのほうに歩いていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　葬送用の花飾りを２つほど買い求めると、私は引き返し、男の遺体の頭付近に一つを置いて、もう一つは私を見上げている男の子に黙って手渡した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私はすぐにその場を離れ、少し離れた通称ガバメント･ショップ（州政府の店）でバクダンという餡（あん）玉を２コ買って、ガートのチャイ屋台にとって返した。２杯目のチャイを飲みながら、バクダンを一つ口に入れ、チャイで溶かすようにして飲み込んだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　バクダンには我が国ではご禁制の植物成分が練り込まれており、多少ヤバイものかもしれない。しかしバラナシでは公然と売られており、それよりも酒の方が禁止されているのだ。私たち外国人は、牢屋のように鉄格子で仕切られた酒屋で、パスポートを提示すれば酒は買えたけれど…。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は、ぼんやりとガンガの悠久の流れを眺めながら、考え事をしていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　灼熱の路上で棒きれのように死んで干涸らびている人間扱いされない人間がいる。&lt;br /&gt;　この地で死ぬために、はるばる人生最後の巡礼の旅をして、道ばたでその時を待っている人間がいる。&lt;br /&gt;　投げ与えられた食べ物を、犬と奪い合って食いつないでいる子どもがいる。&lt;br /&gt;　ガンガの水に、仰向けになって浮きながらヨガの瞑想にふけっているサドゥーがいる。&lt;br /&gt;　この過酷な世界から隔てられた深窓では、恋に恋し、結婚を夢見る娘たちがいる。&lt;br /&gt;　その表面を、好奇心のままに写真を撮っている旅行者たち。&lt;br /&gt;　世間に背を向け、ひたすら音楽の修行に明け暮れている人たちもいる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私はIshwara にいろいろなことを話しすぎたかな、と思い始めた。彼女は外の世界を知りたがっている。&lt;br /&gt;　というより、インドの狭い女社会を飛び出したがっている。家の中と、買い物のバザールしか知らなくて良いという人生。召使いがいれば、バザールに行くこともない。恋愛もなく、親が決めた結婚をするだけ。娯楽は映画か読書。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　火葬台では、あの男が焼かれていた。地面から、通りすがる人たちの顔を見上げるだけだった一生。&lt;br /&gt;　ただひたすら、悪をなさず、「来世には豊かな生活が送れる階級に生まれ変われること」を願い続けた、長い悪夢のような人生。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　バスの旅で荷物を盗まれた後、私は日本人のツアー旅行者から35ミリのカメラを買い受けていた。&lt;br /&gt;　そのカメラで、ガートやリキシャマンの写真、その他観光客的写真を何枚か撮ってはいたが、あまりに過酷な現実を見ているうちに、写真を撮ることができなくなってしまった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　それで、コルカタの東京銀行に送金を受け取りに言った際に、ブラックマーケットでそのカメラを売り払ってしまったほどだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　コルカタでラジカセ用の電池を買い求め、バラナシに戻って使ってみたところ２、３日で電池切れを起こしてしまった。その事を、Guru Jii との雑談の中で話したところ、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「それが、インドの現実だ。あと100年もたてば、インドも変わるだろう…」という答えが返ってきた。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　時間感覚が違いすぎるのだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ヒンズー世界では、グル（導師）という存在は、我が国の徒弟制度の親方以上の存在だった。グルの言うことに、疑問を呈してもいけないとされる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そのグルの愛娘と恋愛するということは、すなわち結婚しなければいけないということになってしまう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　実は、私はこの旅に出る前に付き合っていた女性がいた。けれども、束縛を感じるようになって、その人を捨ててネパールのヒマラヤトレッキングに出てしまった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そして１年前、カトマンズのスワヤンブナート寺院のチベット人僧院で見たKatmandhu 盆地の夕暮れの光景に、親兄弟を捨てて、この地で一生暮らしてもいいとさえ思った根無し草の人間だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そういう人間が、Ishwara のような世間知らずの娘と一緒になって、どうなるのか想像もつかなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　インド文明と対極にあるニューヨークには、同級生のフリージャズメンが滞在しており、「バドワイザーを飲みながら食うTボーンステーキは最高さ！」などという手紙を、インドで読んでいた。私は対極の社会、ニューヨークにも行きたいと考えていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は、帰りのチケットが日本経由ロサンゼルス行きだったので、そのままロスまで行き、ニューヨークで彼らと合流して、居着いてしまうかもしれないボヘミアンなのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　バクダンのせいか、時間感覚を失った気分で、火葬台で男が煙を上げて燃えていくのを眺め続けた。&lt;br /&gt;　仕事人が、火の外に飛び出した男の足を、素手でつかんで折り曲げるようにして火の中に戻している。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　死んでしまえば、生ゴミでしかない人の体。わが身とて、違いはない。&lt;br /&gt;　仏陀は、美しく魅惑の女でも、薄皮一枚下はみな同じだと、実に、にべもなく説いている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ガンガの流れを見つめながら、来し方行く末を考える暑い日だった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/512528707673175520-6435095472313992866?l=vhairavi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://vhairavi.blogspot.com/feeds/6435095472313992866/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=512528707673175520&amp;postID=6435095472313992866' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/6435095472313992866'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/6435095472313992866'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://vhairavi.blogspot.com/2009/02/blog-post_20.html' title='ガンガの荼毘を見つめて輪廻を思う'/><author><name>小林由典</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00188277427736178814</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://4.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZ64CKMfvdI/AAAAAAAAAXQ/1F5Zrp-JOCc/s72-c/rikisha.jpg' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-512528707673175520.post-3747709915806957748</id><published>2009-02-19T16:27:00.020+09:00</published><updated>2009-02-20T22:49:06.807+09:00</updated><title type='text'>夢が思い出させた、情景</title><content type='html'>　しばらくインドの追憶をしていたせいか、昨夜当時の夢を見てしまいました。&lt;br /&gt;　それで、忘れていたことを思い出したのですが。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ダサワメート・ガートでゴパールと別れた私は、久しぶりにシーク教徒のオヤジのレストランで食事をしました。&lt;br /&gt;　ゴパールはブラーマン階級ですので、外食ができない。ブラーマンが経営するレストランなどインドではあり得なかったからです。&lt;br /&gt;　ですから、グルジーと街を歩いていても、チャイ一杯さえ飲むことができないのですね。ちょっと道ばたのチャイ屋さんで、通行人を見ながら一休みができない。味気ないと思いますが…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://4.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZ0S8ivSNgI/AAAAAAAAAWw/zUP1wJzQkDI/s1600-h/restaurant.jpg"&gt;&lt;img style="cursor: pointer; width: 320px; height: 215px;" src="http://4.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZ0S8ivSNgI/AAAAAAAAAWw/zUP1wJzQkDI/s320/restaurant.jpg" alt="" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5304416767438894594" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　レストランと言っても、このような造りで、食堂といった方が良い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　この写真は店先でプーリという、直径１２、３センチの揚げパンを揚げているところ。&lt;br /&gt;　南米のトルティーヤと同じようなもので、それを油で揚げて、具を載せて食べる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　どこの食堂でも、店先にはナンを焼くタンドールというナン焼き釜があり、専門のオヤジがナンを焼いている光景が見られる。ナンの他には、タンドリーチキンも焼いたりする。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　インドの食堂には、給仕だけでなく、水運びボーイ、掃除ボーイなど、ひとつひとつの仕事専門の人間が仕事をしている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　水を運んでくる人間に注文をしても、全く聞こえないふりをして行ってしまう。注文取りに来るまで、ジッと待っている方が間違いがなくて良い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　コルカタでは、禁酒のバラナシと違って酒が飲めるバーがあり、毎日通ったのですが、ボーイと言っても身長が180センチ以上の、厳つい顔をした黒肌の男たちばかりで、目つきが鋭く、ニコリともせずタジタジとなります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　食堂は混んでいて、一人の男がすわっているテーブルでの相席となった。英語で軽く挨拶して、腰をかけ、待っているが、水は来たものの注文取りがなかなか来ない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ふと気づくと、相席の男がジッと私を見ている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私が「そちらの注文は終わってる？」と声をかけてみたが、肌黒のその男は全く表情を変えず、返事もせず、身動きもしないで私を見続けている。&lt;br /&gt;　私を見るというより、まっすぐ前の中空を見ているのかもしれない。&lt;br /&gt;　たぶん、言葉がまったく通じないのだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　インドでは、このような視線をイヤと言うほど浴びる。&lt;br /&gt;　そして、どこに行っても、男ばかり。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　女性は、おばさんが買い物に出歩くので見かけるが、若い女性は全く見かけない。&lt;br /&gt;　朝夕通学の小学生くらいしか、女の子は見かけない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そして、外国人には異様に感じるのだけれども、若い男同士が手をつないで歩いていることが多い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　女性から隔絶されていて、必然的にそうなっているのだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は、彼らがハリジャンに対してそうするように、インド人の遠慮会釈ない視線に対しては全く無視する方策をとることにしていた。&lt;br /&gt;　その人間がそこにいないかのように無視するのだ。&lt;br /&gt;　バザールなどを歩いていて、物売りがうるさく声をかけてくる時も、全く無視することもあった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そのような処し方を身につけていないと、この地ではとてもやっていけない。&lt;br /&gt;　それにしても、そんな視線を受けながら食事をするのは、楽しくないのは当然だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　帰り際、支払いを済ませて店を出ると、道路と店の間の狭いところで、木の葉に盛られたライスとカレーを手で食べている男が目についた。&lt;br /&gt;　この埃っぽい道ばたに座り込んで、地面に木の葉の皿を置いて、食べているのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　彼らは、シーク教徒よりもはるかに身分の低いリキシャマンなどであり、店にはいることが許されておらず、同じお金を払っても外で食事をしなければならない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　先ほど相席だった男も、多分色が白くて英語をしゃべる私と、肌の黒い自分とを勘案して、一切口をきいてはまずいと思ったのかもしれない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ところで、大多数のリキシャマンは路上生活者なのですね。&lt;br /&gt;　夕方になると、道路脇の石壁に沿ってリキシャを止めて、布きれを張り巡らせて、リキシャの席で夜を過ごす。&lt;br /&gt;　女房･子どもがいるリキシャマンもいて、どうやって暮らしているのかと思うが、路上で牛糞を燃料に炊事をして、リキシャの中で食事をしているのだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　グルの家に戻ったのは午後になってからだった。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　待ちかまえていたようにIshwara がやって来たが、なんとチャイを運んできて私の前に置いたのだった。&lt;br /&gt;　下男の場合は決して部屋には入らず、声をかけて入り口のところに置いていくので、取りに行く手間がかかる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「Isshi　初めてのことだね。君が給仕してくれたチャイは、最高に美味しく感じる…」そう言って、私はゴザの上にカップを置いた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://4.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZ0mPnU6iRI/AAAAAAAAAW4/SV4psGONT6g/s1600-h/ishwara3.jpg"&gt;&lt;img style="margin: 0pt 10px 10px 0pt; float: left; cursor: pointer; width: 89px; height: 318px;" src="http://4.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZ0mPnU6iRI/AAAAAAAAAW4/SV4psGONT6g/s320/ishwara3.jpg" alt="" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5304437985808910610" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;Ishwara　は、窓から外を眺めるように佇み、ちらっと振り向いて笑顔を見せると、また窓の外を見ている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼女が訊きたいことは分かっていた。&lt;br /&gt;前の日のグルジーの話について…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この時、何といったのかずっと思い出せないでいた。&lt;br /&gt;それが、初めに述べたように昨夜（というより今朝）の夢で思い出したのだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私はこの時、相当に舞い上がっていたようだ。&lt;br /&gt;敬愛するGuru の美しい娘が自分の恋人になり、結婚するのかという状況で、&lt;br /&gt;夢の中ではIshwara　を愛しく思う気持ちを自分が抱いていたことがハッキリ分かった。&lt;br /&gt;そして、この時自分が何を言ったかも、夢の中でもう一度しゃべったのを、今は覚えている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　結論から先に言うと、「必ずあなたを迎えに来るよ…」と言った。&lt;br /&gt;　そして、日本に帰った私は「その約束を反故にしてしまったのだった」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　思い出したくない、無責任な言動だったかもしれないのだけれども、Ishwara　には長い手紙を書いて、謝罪をしている。&lt;br /&gt;　帰国した私を待っていたのはガンで倒れた母の看病生活であり、「少しでも回復する見込みのある手を尽くして欲しい」という願いにそって、病院の治療以外にも、丸山ワクチンとか、蓮見ワクチンだとか、経済的に破綻するのも覚悟でガン治療に駆け回った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　とても、Guru Jii 一家を日本に呼んで、結婚式を挙げるという状況にはなかった。私はIshwara が無為に年をとって、婚期を逃さないよう、私を待たないで欲しいと、書いて送った。　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　夢で、この時の記憶が再生されたのだが、私はいろいろとこの時に話をしている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://4.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZ00sgAiSyI/AAAAAAAAAXA/72BMVdE6K00/s1600-h/yoshi02.jpg"&gt;&lt;img style="margin: 0pt 10px 10px 0pt; float: left; cursor: pointer; width: 208px; height: 320px;" src="http://4.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZ00sgAiSyI/AAAAAAAAAXA/72BMVdE6K00/s320/yoshi02.jpg" alt="" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5304453875223382818" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;　私はいつものようにシタールを抱えて、話をした。&lt;br /&gt;　若い娘と面と向かって話をするのが気恥ずかしかったから。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ときどき、弦をはじいて意味のない音を出したりして、多分伏し目がちに話したはずだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「Isshi 、本当は、初めて会った時、君の笑顔を見た瞬間に魅了されていた…&lt;br /&gt;　でも、君はGuru Jii の愛娘。僕は、いずれ日本に帰る旅人だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　最初から、高嶺の花だと思っていたので、親しく話ができるだけで、十分だと思っていた…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　きみの素敵な舞を見て、君はインドに根付いている花だと知らされたよ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　インドは懐の深い国で、誰でも受け入れてくれるけれど、日本という国は排他的なビレッジに過ぎない…」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私はチャイを飲み干した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「Isshii 、君は母国語も、英語も失うことができる？&lt;br /&gt;　　言葉だけでない。君の素敵な舞も、ボーカルも失うことになる。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「それに、僕は安定した仕事を捨ててインドに来た。もはや、そういう仕事に就こうとはのぞまない。社会をドロップアウトして、食べていけなくとも良いから表現者としての道を進もうとしている」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　実際に、ここまでしゃべったのだけれども、夢の中のIshwara は、私の左腕にすがって、&lt;br /&gt;　「まだ、そんなことを言っているの？」と、私に言ったのだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　実際に起こったことは、そうではなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://4.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZ1s9UkjPEI/AAAAAAAAAXI/rhhbsm_tvqc/s1600-h/Ishwara05.jpg"&gt;&lt;img style="margin: 0pt 10px 10px 0pt; float: left; cursor: pointer; width: 170px; height: 200px;" src="http://4.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZ1s9UkjPEI/AAAAAAAAAXI/rhhbsm_tvqc/s200/Ishwara05.jpg" alt="" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5304515736862145602" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;　先に貼り付けた連続写真のようにゆっくりとこちらを振り向いて、私をジッと見つめるのだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Ishwara は低い声で、&lt;br /&gt;「インドの女は哀しいわ。自分の人生を生きることができない。&lt;br /&gt;　よその州に行けば、言葉も文化もちがう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　だったら、日本でもいいの。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　問題は、あなたが私を愛してくれるかどうか、だけよ。　ヨッシー」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私はIshwara の気持ちに圧倒されていた。&lt;br /&gt;　シタールのフレットを見上げるようにして、夕方のラーガ「Yaman Karyan 」のアラップの出だし、低音部２番弦のDha　Dha-Ni　と弾いた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「Guru Jii が、挨拶をすることは、かまわないって…」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そう言うと、Ishwara は、私の前に膝をついて、右手を私の頭の後ろに回し、私の右頬に唇を強く押しつけると、さっと立ち上がって、部屋を出て行った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私はポカンとしたまま、Ishwara が残していった耳飾りの花の香りと、サリーから立ち上がってきた女の匂いと、そして頬に残された唇の感触と、それらの余韻にひたるばかりだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/512528707673175520-3747709915806957748?l=vhairavi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://vhairavi.blogspot.com/feeds/3747709915806957748/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=512528707673175520&amp;postID=3747709915806957748' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/3747709915806957748'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/3747709915806957748'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://vhairavi.blogspot.com/2009/02/180-ishwara-isshi-ishwara-guru-ishwara.html' title='夢が思い出させた、情景'/><author><name>小林由典</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00188277427736178814</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://4.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZ0S8ivSNgI/AAAAAAAAAWw/zUP1wJzQkDI/s72-c/restaurant.jpg' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-512528707673175520.post-8382159828594676417</id><published>2009-02-13T17:05:00.017+09:00</published><updated>2009-02-13T21:21:56.738+09:00</updated><title type='text'>インド的混沌とそのゆがみ</title><content type='html'>　このブログに適した写真をプロフィールに使ってみましたが、タナゴ釣りフリークの龍谷さんから、今のイメージと重ならないと冷やかされてしまいました。&lt;br /&gt;　　ε- (^、^; ふぅー　まあ、一服でも。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　まさか勘違いする人もいないでしょうが、当時の写真ですから、現在の私ではありません。&lt;br /&gt;　プロフィール設定が個々のブログごとにできませんので、他のブログでは合わないわけですね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　さて、インド亜大陸は中央アジアからの民族的圧力を受け続けた歴史があるため、世界でも例のない多民族国家を形成しています。北にアジアとヨーロッパを結ぶシルクロードに接して、常に他民族が北から侵攻してくる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　先住民族は南へ南へと押しやられて、複雑な地層のような民族分布を示しています。使われている言語は300を超えるといいます。一般的に、南に行くほど肌の色が黒いとか言われますが、南でもムンバイとか、ケララ州などは色の白い民族がいます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://3.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZUx9VUqvdI/AAAAAAAAAVg/OT3QEzVGyos/s1600-h/actress03.jpg"&gt;&lt;img style="margin: 0pt 10px 10px 0pt; float: left; cursor: pointer; width: 200px; height: 199px;" src="http://3.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZUx9VUqvdI/AAAAAAAAAVg/OT3QEzVGyos/s200/actress03.jpg" alt="" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5302199066064240082" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;　インド映画は世界最大のマーケットを持っており、制作本数から言えばアメリカなど問題ではありません。インド映画の特徴は、オールインワン形式だということですね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ストーリーの中に、喜劇･悲劇・活劇そして歌と踊りと恋愛ものすべてがそろっているのが普通です。&lt;br /&gt;　そして俳優さんですが主役級はもちろん、ほとんどが肌が白い人たちです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://4.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZUyX8It1SI/AAAAAAAAAVo/pFWfMyVwd4A/s1600-h/actress06.jpg"&gt;&lt;img style="margin: 0pt 10px 10px 0pt; float: left; cursor: pointer; width: 200px; height: 169px;" src="http://4.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZUyX8It1SI/AAAAAAAAAVo/pFWfMyVwd4A/s200/actress06.jpg" alt="" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5302199523159692578" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;　特に女優さんは肌が白いことが絶対条件ですね。そして、近年の傾向として西洋人のような目の色をしている女優さんが好まれるようです。&lt;br /&gt;　これを見れば、インド人というイメージがかなり違ってくるでしょうね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私たちがすぐに思い浮かべる頭にターバンを巻いた色白のインド人は、インドでは３％程度しかいないシーク教徒です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://3.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZUygT0Ot6I/AAAAAAAAAVw/k9z_i4ilRaI/s1600-h/actress08.jpg"&gt;&lt;img style="margin: 0pt 10px 10px 0pt; float: left; cursor: pointer; width: 200px; height: 179px;" src="http://3.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZUygT0Ot6I/AAAAAAAAAVw/k9z_i4ilRaI/s200/actress08.jpg" alt="" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5302199666955171746" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;　彼らは商人階級に属しているために、世界中にビジネスで行き来しておりインド商人として有名ですが、人口からいえばごく少数派です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　しかし、主立ったレストランや劇場、その他商売関係ではビジネスオーナーになっていることが多く、それだけ目立つわけですね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://3.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZU74HovLKI/AAAAAAAAAWA/tL9JW42XnGU/s1600-h/actress01.jpg"&gt;&lt;img style="margin: 0pt 10px 10px 0pt; float: left; cursor: pointer; width: 320px; height: 215px;" src="http://3.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZU74HovLKI/AAAAAAAAAWA/tL9JW42XnGU/s320/actress01.jpg" alt="" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5302209971607252130" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;　Ishwaraに似ていると、画像を拝借した左の女優さんは、名前も同じでAisｈwarya Rai という、今インドでもっとも有名というか、世界中で知られている女優さんです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　彼女は1973年、南インドのカルナタカ 州の Mangalor生まれ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　1994年のミスワールドで、身長170センチ、今年36歳になります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　母親が美人の産地として知られる北インドはカシミール出身で、母親似ですね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　確かにカシミールの人という感じがします。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は避暑でカシミールの景勝地スリナガールに行き、ひと夏を釣り三昧で過ごしましたが、男も草刈正雄タイプのいい男がたくさんいました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　残念なことに、民衆はイスラム教（王国時代に国王は国教としてヒンズーに改宗しているので、州としてはヒンズー教）ですので、女性は黒いベールを被っており、写真撮影も拒否しますので、写真が撮れなかった…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　バラナシのIshwaraは黒目ですし、髪も染めていない黒髪が腰まであり、唇もキリっとした唇で、Aishwarya ほど華やかではありませんでしたが、本人と身近に接してきているので印象が強かったです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　帰りの路上で、心痛む光景を目にした。&lt;br /&gt;　朝来る時に道ばたで息絶えていた男のそばに７、８歳くらいの男の子が寄り添っていて、牛とやり合っているのだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　腹をすかせた牛が、死んだ男の綿服に食いついてちぎり取ろうとしていたのである。少年はその男の息子らしく、必死に牛を追い払おうとしていたが牛にはかなわず、男の死体は牛に振り回されていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　どうにもならなくなって、とうとう少年は両膝を地面について泣き始めた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　父親が亡くなっただけでも悲しく途方に暮れることに違いない。&lt;br /&gt;　その遺体が、腹を空かせた牛に引きづり回されているのを見るのは、この小さな子には容赦のない悪夢であるはずだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　しかし牛はヒンドゥー世界では聖なる生き物であり、蹴飛ばして追い払うわけにはいかない。これが牛ではなく、バッファロー（水牛）であったなら、棒で殴ることもできる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そして、死んだ男はアウトカーストの人間。マハトマ･ガンディーがハリジャン（神の子）と命名したアンタッチャブル（不可触賤民と訳されている）なのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　彼らはカーストの人間からすると、見ても穢（けが）れるとされ、路傍の石のように無視される定めを負っている。子どもがいくら泣こうが叫ぼうが、誰も助けないし、見もしないし気付いたそぶりも見せない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　彼らを車でひき殺したとしても、人間扱いされていないために罪に問われない世界での出来事なのだから。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　この子は明日から、ガート近くで死を待つ老人たちに与えられる喜捨のチャパティの屑を、飢えて痩せている犬と奪い合って命をつながなければならない。&lt;br /&gt;　インドの犬は空腹で凶暴だし、噛みつかれて狂犬病にでもなったら明日はお前の姿かもしれない…&lt;br /&gt;　そうならないことを祈るしかなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　バラナシは田舎町だし、ヒンドゥーの聖地であるから、飢えに苦しみながらも喜捨を頼りに小さな子ども１人でも生きられるだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　しかし、これがコルカタであったなら、我々日本人には想像を絶する悲惨な将来が待っているかもしれない。子どもを見せ物にする親方のようなヤツがいて、その子たちは両手がなかったり、両足がなかったり、さらには見るのもおぞましい奇形にされて、衆目にさらされながら喜捨を受け、親方の収益となる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　親切な大人に出会う経験をしたなら、そういう人さらいに引っかかることにもなりかねない。親切な大人になど出会わない方がいいのだ。子ども同士の仲間になって、せいぜい観光客のお布施をかせいだり、のっぴきならない時は泥棒をしてでも食う道を探してくれ、としか言えないのだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　インドでは、涙などはすぐさま干上がってしまう過酷な現実がある。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/512528707673175520-8382159828594676417?l=vhairavi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://vhairavi.blogspot.com/feeds/8382159828594676417/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=512528707673175520&amp;postID=8382159828594676417' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/8382159828594676417'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/8382159828594676417'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://vhairavi.blogspot.com/2009/02/blog-post_13.html' title='インド的混沌とそのゆがみ'/><author><name>小林由典</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00188277427736178814</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://3.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZUx9VUqvdI/AAAAAAAAAVg/OT3QEzVGyos/s72-c/actress03.jpg' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-512528707673175520.post-6777835077022334835</id><published>2009-02-11T15:39:00.016+09:00</published><updated>2009-02-12T11:46:35.173+09:00</updated><title type='text'>ガートで２つの愛を語る</title><content type='html'>&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://1.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZNzlThm7vI/AAAAAAAAAVA/Ob_aIratApo/s1600-h/dashaswameth02.jpg"&gt;&lt;img style="margin: 0pt 0pt 10px 10px; float: right; cursor: pointer; width: 320px; height: 219px;" src="http://1.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZNzlThm7vI/AAAAAAAAAVA/Ob_aIratApo/s320/dashaswameth02.jpg" alt="" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5301708271078797042" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://3.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZNxGUtMaFI/AAAAAAAAAUg/Z5LBpFjsJ9k/s1600-h/dashaswameth01.jpg"&gt;&lt;img style="margin: 0pt 10px 10px 0pt; float: left; cursor: pointer; width: 241px; height: 320px;" src="http://3.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZNxGUtMaFI/AAAAAAAAAUg/Z5LBpFjsJ9k/s320/dashaswameth01.jpg" alt="" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5301705539796625490" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　翌朝早く、私はゴドーリアのゴパールを訪ね、久しぶりにダサスワメート･ガートでチャイを飲みながら話し込んだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　上の写真がガンジス川下流であり、←左の写真は上流側を臨むアングルとなっている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ガート入り口付近の道路両脇には多くの年寄りたちが座り込んでいて、バクシーシ（喜捨）を受けながら死ぬ順番を待っている。彼らはインド各地からヒンドゥーの聖地バラナシを目指して巡礼してきた人たちである。&lt;br /&gt;　お金のある者は、ガート近くの死出の宿に滞在し、お金のない者はこうして道ばたに座り込み、人生最後の時を待っている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　誰かが亡くなると、その上にゴザが被せられ、１人また１人とパイサ（小銭）が投げられ、火葬に足りる薪代が集まると、川面に突き出た火葬台で火葬に付される。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ガートでは生老病死が日常茶飯事で繰り返されているのだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ゴパールの家には、なぜかひとりのオランダ娘が滞在していた。そのことを訊くと、彼女と結婚したいのだ、と意外なことを言い出した。&lt;br /&gt;　私はグルの話で、ゴパールに訊いてみたいことがあったので、話はお互いのアドバイスという形になり、長く話し込んでしまったのだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　このオランダ娘はオルガといい、カトマンズで私は出会っている女性だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://3.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZJ7ZM66dNI/AAAAAAAAAUY/yvUejhYnecc/s1600-h/kathmandu.gif"&gt;&lt;img style="cursor: pointer; width: 400px; height: 301px;" src="http://3.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZJ7ZM66dNI/AAAAAAAAAUY/yvUejhYnecc/s400/kathmandu.gif" alt="" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5301435384263767250" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私が当時お世話になっていた宿は日本人相手のコテージ・オーロラといい、女主人は日本人だった。&lt;br /&gt;　彼女はモスクワ友好大学を卒業しており、私は高校時代にそこに留学しようと考えたこともあり、加藤登紀子のロシア語版民謡レコードをカラオケ代わりに一緒に歌を歌ったりした。&lt;br /&gt;　ロシア縁で仲良くなり、一緒にレストランで食事をしたり、買い物を頼んだり、お世話になった人であった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　その彼女に教えられて、カトマンズの南東５キロにある古都Ｐａｔａｎを訪れた時、オルガと出会っていた。Ｐａｔａｎは静かなたたずまいの街で、ウロウロ好奇の目で歩いているのは私と、彼女くらいで、観光客が興味を持つのは似通っているせいか、自然と一緒に見て歩くような形になってしまった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　それというのも、ある乾物屋（といってもお店があるわけではないが、商売はしていた）で、ダルというスープに使うレンズ豆を見せてもらっていたところ、彼女も来て乾し飯（いい）を見つけて購入したからだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　乾し飯など、我が国では戦国時代の携行食だったが、現代社会でもいまだに流通していることに驚いたものである。&lt;br /&gt;　そのほかにも、煮豆をつぶして干したものもあった。&lt;br /&gt;　インド･ネパールでは炊事の火は牛糞を乾燥させたものが主力だったので、火力が弱くてもすぐに煮上がるように工夫したものなのかもしれない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　それを西洋人の女性が買ったので、私の好奇心がうずいた。その家を出て、道ばたの休息場所で一休みした時に、さっそく訊ねてみた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「それを買って、どうするつもり？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「食べるのよ」彼女は当然のように言った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　食べ方は知ってはいたが、西洋人がどうやって食べるのか興味があって、&lt;br /&gt;　「どうやって食べるわけ？」と、さらに訊いた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「オニオンスープとか作って、これを入れるの。洗わなくてすむから簡単にできて、いいのよ…」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「でも、よく乾し飯を知っていたね？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「登山やトレッキングで、アルファー化米というのが結構普及しているでしょう。あれと同じじゃない」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「ふーん、それで、宿で自炊とかするの？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「宿泊だけのコッテージで、友達と数人で利用すると安上がりだから」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は例によって、根掘り葉掘り聞き出した。&lt;br /&gt;　彼女は、オランダではソーシャルワーカーをしているのだと言った。&lt;br /&gt;　オランダの社会制度はわからないが、今で言えばフリーターに近いのが実態かと思う。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　「ソーシャルワーカーが見て回るのだったら、コルカタ（カルカッタ）に行くことだ」と言いたかったが、気を悪くしそうに思え、言わずに置いた。コルカタにはアジア的貧困悪のすべてが目の前で展開している。&lt;br /&gt;　この静謐で平和そのもののＰａｔａｎで何を見ようというのだろう…。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　その時のオルガがゴパールの、空き室のあるアパートではなく自宅に滞在している、ということが何故か引っかかった。&lt;br /&gt;　私は、ゴパールの話を聞き終えてから、忠告をした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「あのアパートは、月に30ルピーだったよね。彼女は、君の家に滞在していて、いくら払っている？」&lt;br /&gt;　遠慮会釈なしに、私は訊ねてみた。案の定、最初だけ払って、後は払っていないという。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　「ゴパール、君はあの娘が初めての女だろう？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　彼はちょっと照れくさそうに笑って、川面を見つめながら頷いた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「勘違いしているぞ。オランダとフランスという国は性がものすごく解放されていて、彼女たちにとってsexはフィジカルなものに過ぎない。多分、君と組み体操をした、くらいの感覚しか持ってないよ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私はあえて冷酷に言うしかなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「そんなことはない。彼女は俺を愛していると言った！」ゴパールは少しムッとして反論してきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「ゴパール、君は真面目でいつもそうやって英語の辞書を片手にしゃべっているけど、彼女はmake love with me ということを言ったのではないかな？&lt;br /&gt;　簡単な単語だから、君は調べていないだろう？勘違いしてないか。&lt;br /&gt;　それは、ただ単に、やってもいいわよ、という意味なんだよ。愛なんて意味はないゾ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私はコルカタのロッジで彼ら西洋の若者たち、ヒッピーの有様をずいぶん見聞きしていた。&lt;br /&gt;　自由･博愛･平和を謳歌する彼らは、ドミトリーという大部屋に泊まり、文字通り自由にやっていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　とくにラテン系の国から来た連中は、旅費の調達に盗みをする常習犯だという悪い噂が絶えなかった。うぶな日本人はお金を持っている格好のお客さんだった。女の子は色男にたぶらかされて、有り金貢いで捨てられる事が少なくなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ゴパールは両手で頭を抱えたまま、左右に振って見せた。にわかには信じられない、という感じである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「ゴパール、オルガは宿代を体で払っただけなのだから、深追いをしても無駄だとおもうよ。そのうち、わかるから…」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　かれは力なく立ち上がると、すぐ戻ると言ってガートの段を上がり、しばらくしてパーンを口にくわえて帰ってきた。口の中が血だらけのように真っ赤になるヤツだ。木の葉に香辛料や薬味みたいなものをいろいろはさんで、口の中でかむ嗜好品だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「それで、ヨシノは何の話なんだ…」すこし気を取り直したのか、話題をこちらに振ってきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「うん、こちらも言葉の行き違いなのだけど、グルジーの娘さん…知ってるか？」そう言うと、ゴパールの目が一瞬光を帯びた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「Ｉｓhｗａｒａ　か！？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「知っているのかい」というと、ゴパールは、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「25年も地元にいるんだぜ…、でも知っているのは中学生の時までだけど。きれいになったろうな…。で、どうかしたか？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「グルジーが、日本で結婚式を挙げるならば、許してやってもいいと言っているのだけれど、そんな関係ではないと思っているわけさ」私は手短に説明した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「ヨシノ…、Ｉｓhｗａｒａ　はものすごく気が強いぞ。尻に敷かれて、一生頭が上がらないな。うん。うん。」ゴパールは嬉しそうに何度もうなずいた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「私は彼女といろいろな話をしてきた。これほど、あれこれ話し合った女は他にいない。それは、彼女が外国人だから。彼女もいろいろ訊いてくるから、自分のことをほとんどしゃべらないこの私が、心底を見透かされるほどしゃべってしまった。それでも、まだまだ知らないことがいっぱいあるようだな…」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「少しは、効いたかい、俺のカウンターブロー…あっ？」口をパーンで染めて、真っ赤な歯を見せて笑った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私が苦笑すると、ゴパールは真顔になって、続けた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「Ishwara という名前の由来を知っているか？」と訊ねたので、私は首を左右に振った。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　「もともとのIswaryaというのはHindhu の神様のことさ。Luxman グルのところでGhandhi Ji の歌を習ったろうよ。♪Iswarya Allah tero nama♪」二人は口ずさんだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「Iswarya はヒンドゥー世界における至高の絶対者の最高の呼び名、なんだよ。神様を最高に敬って言う時にそう言う。だから、畏れ多いので字を違えてあるけど、それでも畏れ多い。あの弟のガネッシュだって神様の名前だし…」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「ヨシノがシビアにオルガのことを言うから、仕返しをしたのさ！&lt;br /&gt;　Ishwara は子どもの時から可愛い子で、性格もよかった。&lt;br /&gt;　俺にはまったく高嶺の花だけど…」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「何が、高嶺の花なんだ？」と私は訊いてみた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「あそこの家は、みんな色が白いだろう。」そう言って、ゴパールは口をつぐんだ。&lt;br /&gt;　同じブラーマン階級といっても、肌の色で格の違いがあるらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「でも、私のようなアウトカーストの日本人なら、良いというのだろうか？」と言うと、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「だから、日本で結婚式を挙げるのなら許す、ということさ。インドではダメ、ということ。&lt;br /&gt;　　それ以上に、インドでは娘を２人嫁にやったら、破産するといわれるほど金がかかるのさ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color: rgb(51, 102, 102);"&gt;　[ 参考　&lt;/span&gt;&lt;span style="color: rgb(51, 102, 102);" class="description"&gt;Kolkatta（カルカッタ）の&lt;a href="http://www.youtube.com/watch?v=n9uE9ZuJ2H4"&gt;結婚式の一部動画&lt;/a&gt;。新婦が踊りを披露するシーン。商業都市Kolkattaはベンガル人の州で文化も言葉も違うが、新婦が踊りを見せるのは共通している。Ishwaraは音楽一家の娘なので、はるかに踊りは上手い ]&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「１人でも大変で、嫁にやれない家はいっぱいある。&lt;br /&gt;　その点、日本人は金持ちだし、インドのしきたりに従わなくとも良い。&lt;br /&gt;　日本人は他のアジア人と違って、別格扱いされているから…」そう言って、ゴパールは我が身を顧みたのか、悲しそうな顔をした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は、急にIshwara が愛おしくも可哀想に思えてきた。ずっと家の中で生活していて、家族と一緒でなければ映画にも行けない。レストランで食事をすることさえ一度もない。自分たちよりカーストの低い者たちのレストランで食べることはタブーだ。&lt;br /&gt;　もし結婚できないとなると、一生飼い殺し状態になってしまうのかもしれない。お金がないのに結婚したなら、もっと悲惨なことになるかもしれないのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　死ぬほど退屈する人生を想像しただけで、私ならば地球の果てまで逃げていきたくなる。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　（注記）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「Iswarya　Alｌah」　Mahatma Ghandhi　がイスラムとヒンドゥーの歴史的和解を祈願して作った歌で、ヒンドゥーの最高絶対神Iswarya　とイスラムの絶対神Allah を並べて、名前や教義は違っても求めているものは同じ、と説いている歌だと思う。&lt;br /&gt;　&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/512528707673175520-6777835077022334835?l=vhairavi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://vhairavi.blogspot.com/feeds/6777835077022334835/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=512528707673175520&amp;postID=6777835077022334835' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/6777835077022334835'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/6777835077022334835'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://vhairavi.blogspot.com/2009/02/blog-post.html' title='ガートで２つの愛を語る'/><author><name>小林由典</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00188277427736178814</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://1.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZNzlThm7vI/AAAAAAAAAVA/Ob_aIratApo/s72-c/dashaswameth02.jpg' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-512528707673175520.post-7243247421104868674</id><published>2009-02-10T12:24:00.018+09:00</published><updated>2009-02-12T11:25:23.098+09:00</updated><title type='text'>ファミリー体験とグルの戒め(2)インドの掟</title><content type='html'>&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://4.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZES6DXYi6I/AAAAAAAAATw/qbT0WyrClrQ/s1600-h/note01.gif"&gt;&lt;img style="margin: 0pt 10px 10px 0pt; width: 261px; float: left; height: 400px; cursor: pointer;" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5301039024936881058" alt="" src="http://4.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZES6DXYi6I/AAAAAAAAATw/qbT0WyrClrQ/s400/note01.gif" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;　Shri R.K Misra グルの元で、私はRaga Kamaji を習っていた。これは宵の口のRaga である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　古い格式を守りたいGuru は、日が暮れてからレッスンを始めるのだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「初心者は原理原則をまず身につけないといけないよ」&lt;br /&gt;…常々、そう言っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　当時、インドの一般家庭ではイスやテーブルはないのが普通であり、食事なども床に座ってする。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　当然、ノートに書き物をする時も、床にノートを置いて屈んで書き込むことになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　シタールを抱えたまま、右手に置いたノートを書くのは結構しんどい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　インドの弟子たちは不立文字の伝承法に慣れているのでノートなど取らないが、短期間でなるべく多くのラーガを練習したい私はノートを買ってきて、独自の表記で楽譜（といっても五線ではない&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://4.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZEWrfDPciI/AAAAAAAAAT4/Ip-fjWf19r8/s1600-h/notebook.jpg"&gt;&lt;img style="margin: 0pt 10px 10px 0pt; width: 145px; float: left; height: 200px; cursor: pointer;" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5301043172717064738" alt="" src="http://4.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZEWrfDPciI/AAAAAAAAAT4/Ip-fjWf19r8/s200/notebook.jpg" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;）を書き記した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;←これが、当時のインドの最高級ノートです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　これには、私の思い出があふれている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　このKamaji は2000年前のラーガなのだという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私はとっさに2000年前にシタールのような楽器があったのだろうか？&lt;br /&gt;　ピアノ線のような鋼の弦は、どうしていたのだろうか？などと、ばかな想像をしていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　インド音楽の基本は声楽なのですね。&lt;br /&gt;　グルもシタールを弾いて教えるのではなく、声楽で教えてくれる。だから、ラジカセで録音しようかという目論見の半分はすっかり意味をなさなかったわけです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　メロディーのメモにはなるが、演奏の参考にはあまりならない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　一通り採譜し終えるとグルは「今日はこれまでにしよう」といって、召使いを呼びチャイを運ばせた。&lt;br /&gt;　インドのチャイは濃く煮出した紅茶にミルクを入れたもので、砂糖がどっさり入って甘い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　暑い地域では陰性の砂糖を摂ることで、躰を冷やす自然の作用を求める。&lt;br /&gt;　寒い地域では、躰を引き締める陽性の塩分を多く摂るようになる。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　チベットのお茶はバターと塩を入れた、陽性な飲み物だった。&lt;br /&gt;　私はヒンズー語しか話さない召使いに「チニ、トラ、トラ」と言って、砂糖を少なくするように頼んだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　運ばれてきたチャイを一口すすると、グルは私に、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「娘がAll in one player を頂いたそうだが…インドでは大変高価なものだ。&lt;br /&gt;　 私にくれると言っても、格別なことにちがいない&lt;br /&gt;　 Ishwara　にそういうproposal（申し出）　をしたのは、どういう意味かね？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は、グルがpresent とかgift という言葉を使わず、proposal　という言葉を使ったことに、エッと驚いた。&lt;br /&gt;　それで、「Guru　jee が演奏するシタールを録音しようと思って買ってきたものですが、Guru　jee はボーカルで教えてくれますので、採譜をすれば良く、プレーヤーは使っていないので、それで…」&lt;br /&gt;　（jee は親しみを込めた接尾語。　Gandhi jee のように人の名前にもつける）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　と言って、言い訳めいたことを述べた。心の中では「ただ、サンキューで済む話なのに…」と思ったけれども、昔気質のグルにはそれ相応に接しなければいけない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「しかし、奥から聞いた話では、他にも大層（たいそう）なものを頂いたそうだが…」&lt;br /&gt;　グルの目にはとがめるような気配はなく、さらに何かを言いたそうだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　内心、私は軽率なことをしたかなと思っていた。実は、Ishwara に日本製の下着をプレゼントしてしまったのだった。&lt;br /&gt;　彼女と話をしていて、映画女優が愛用しているという日本製のナイロンのサリーに憧れているのを聞いたのだが、それは探すのが難しかった。絹のそれと違い、軽くて透けるのが、うらやましいのだとか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　サリーはいずれ帰国した後にでも探すことにしていた。それよりも、インド製のブラジャーはいかにも作りが悪く、チチ隠し程度のものでしかないのを知っていたので、カトマンズの常宿の女主人（日本人）に依頼して、彼女が利用しているDINOS　カタログから水着のようなプリント柄の下着上下を数点オーダーしてもらい、ベナレスに転送してもらったのであった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　Ishwara には中身を知らせず渡していた。格段深い意味はなく、日本製の下着の先進性を教えてあげようかなというくらいの気持ちしかなかった。礼を言われても困るプレゼントだった。サイズは実測などするはずもなく、同じような体格だった元カノのサイズから若干補正をしたものだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私はグルに頭を下げ、失礼したことを詫びた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　するとグルは「ヨシノ、君は本気で娘を愛しているのか？」と訊いてきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は、ええ！という感じで、グルの顔を見返した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「そのように、娘に言ったそうだが…」と、グルは続けた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は、冗談で言ったことを思い出していた。どうも、just about to と言った意味が通じていないようだった。&lt;br /&gt;　「ちょっと、いいね！ハートマーク」くらいの意味で言ったのだけれど、西洋文明に毒されていないインドの深窓令嬢には、インパクトが強すぎたのかもしれなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　返答に窮したが、無下に否定してはIshwara を傷つけることになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「私は皆さんに家族のように良くしてもらっています。グルは、ここでは私の父であり、ママは母であり、Ishwara　は妹のようにかわいい（I like her as a sister.）　と、窮鳥懐に入らば、猟師もこれを撃たず、式の弁明をして、グルの質問をはぐらかした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　グルはインド人特有の瞬きをせずにジッと私の目を見たまま、&lt;br /&gt;　「ヨシノ、日本で結婚式をあげるのなら許しても良いが、その時は私たちも必ず招待するようにな。それ以前に、Ishwara に触れることはいかんよ。ここはインドだ。人目につくようなことは絶対にないように。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　わたしはつい慣れてしまい、インドの掟を破りそうになっていることに気がついた。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/512528707673175520-7243247421104868674?l=vhairavi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://vhairavi.blogspot.com/feeds/7243247421104868674/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=512528707673175520&amp;postID=7243247421104868674' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/7243247421104868674'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/7243247421104868674'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://vhairavi.blogspot.com/2009/02/2.html' title='ファミリー体験とグルの戒め(2)インドの掟'/><author><name>小林由典</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00188277427736178814</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://4.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SZES6DXYi6I/AAAAAAAAATw/qbT0WyrClrQ/s72-c/note01.gif' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-512528707673175520.post-3286898485625555008</id><published>2009-02-09T08:57:00.017+09:00</published><updated>2009-02-10T12:23:08.949+09:00</updated><title type='text'>ファミリー体験とグルの戒め(1) Ｉｓｈｗａｒａの舞い</title><content type='html'>　サドゥー（沙門、修行者）のように、ひたすら修行に励み、控えめな私を、家の主婦は温かく遇してくれた。&lt;br /&gt;　ある日、召使いの男が私を呼びに来てついていくと、そこはこの家のキッチンのような場所らしく、主婦が手招きをしてくれて中に入った。召使いはさっさと帰って行った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「ジャパニ、これを食べたことはあるかい？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　見ると、ドリアンである。匂いのきつい果物で、100メートル四方まで匂うといわれるが、美味しいらしく果物の女王とされているようだ。果物の宝庫であるインドではいろいろな果物を食べたが、このゴツゴツとしたドリアンは食べたことがなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　彼女は４つ割りにしたものを両手に持って、私の鼻先に突き出した。匂いが大丈夫か、という意味なのだろう。顔を近づけなくとも、部屋中が匂っている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私はなんでも食べられる質だし、好奇心男なので、アッチャー（ＯＫ）と言って首を右にかしげた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　しかし、そのままでは食べようがない。&lt;br /&gt;　切り分けて、お皿とフォークでも出してくれるのかと待っていると…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　すると、驚いたことに彼女は人差し指と中指をドリアンに突き刺し、指先ですくって果肉をとり、アーンしろと仕草をする。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　とっさのことであったが、断れる状況にない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は子どものようにアーンをすると、さっと手際よく口に入れてくれた。甘く熟し切ったドリアンの果肉はクリームのように口の中で溶けていき、強い芳香が鼻を突き抜けていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　日本では、これほど熟し切ったものを食べることはできない。&lt;br /&gt;　マンゴーを食べた時もそう思ったが、産地では木になったままで熟したものを食べるので、未熟なものを追熟させたものよりも遙かに豊かな風味を味わうことができる。本当に感動ものなのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「すごく甘くて美味しいよ！」そう言って笑うと、彼女は満足そうに微笑み、また指先ですくってくれる。どうやら、果肉はサイコロのようなセル（細胞）状のものが集まっているようで、それを指先で探りながら、１ブロックづつはがし取るらしかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　しかし、食べる都度アーンして食べさせてもらうのは、なんとも居心地がよくない。３、４個食べ終えたところで、バス、バスと言ってお給仕をやめてもらい、「お母さん、ありがとう」と言って合掌した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　彼女はヒンズー語で何かを言った。意味は理解できなかっが、満足そうな笑顔に笑みを返してその場を辞して、部屋に戻った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://1.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SY-R14cQzrI/AAAAAAAAAS4/MytBDRlGvKk/s1600-h/Ishwara02.jpg"&gt;&lt;img style="margin: 0pt 10px 10px 0pt; float: left; cursor: pointer; width: 120px; height: 123px;" src="http://1.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SY-R14cQzrI/AAAAAAAAAS4/MytBDRlGvKk/s200/Ishwara02.jpg" alt="" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5300615641308384946" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;　程なくして、娘のIshwaraが部屋を覗きに来た。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　←こんなふうに、部屋の中を見回しながら入ってくる。&lt;br /&gt;　　（生写真がありませんので、似た女優さんの画像を借りています。以下同じ）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「ナマステ、ヨシ…&lt;br /&gt;　　ママがあなたのことをgood boyだって。&lt;br /&gt;　　甘えん坊なの？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「知らない国を一人旅している男が、甘えん坊なわけ…」と言いかけて、先ほどアーンして食べさせてもらったことを思い浮かべた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「ドリアンのこと？」訊ねてみた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「そうよー、甘えん坊のヨッシー」と妙に語尾を伸ばして言いながら、棚の本を手にしたりしている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そして、そこにインド映画音楽のカセットがあるのに気づいた。　&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://4.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SY-XYp9olsI/AAAAAAAAATA/7K4wOsRygL4/s1600-h/Ishwara03.jpg"&gt;&lt;img style="margin: 0pt 0pt 10px 10px; float: right; cursor: pointer; width: 118px; height: 161px;" src="http://4.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SY-XYp9olsI/AAAAAAAAATA/7K4wOsRygL4/s320/Ishwara03.jpg" alt="" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5300621736275384002" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　とたんに笑顔がはじけて、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「なに、これ、なに？　どうしたの？　」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「触ってもイイ？　中見せて！」と、こちらが驚くほど喜んでいる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　カセットテープはカトマンズの常宿から送ってもらったものだった。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　「イッシー、君は踊りを習っているよね。知っている歌があったら、ちょっと踊りを見せてくれないと、聞かせてあげないゾ！」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私も、少し反撃をしてみせた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「ちょっとだけでイイからね…」気軽にやるように、念を押した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　彼女たちの踊りは、お客に見せるための素養なので、お嬢さん芸的習い事以上のものがある。&lt;br /&gt;　見せることを前提に稽古を積んでいるので、見せることに抵抗はない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私はカセットデッキにテープをセットして、音量を下げて、ごく無造作に電源を入れた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　初めは少し恥ずかしそうに歌を聴いていた彼女は、次第に躰でリズムを取り始め、リズムの頭のＶａｄｉ（バデイー）のところで、さっと手を広げいきなり舞い始めた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　家具一つないがらんとした部屋で、私は片隅にゴザを敷いて座っているだけなので、邪魔になるものは何もない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　Ishwara の動きと共に、微かな花の香りが漂ってきた。&lt;br /&gt;　見ると、イヤリングに小さな白い花が差してあるのだった。&lt;br /&gt;　ガート近くに行くと、花だけを縫い糸でつないだ礼拝用の小さな花かざりを売っている。&lt;br /&gt;　その類の花だろう。インド女性が香水代わりに使うことが多い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は３回転半ひねりぐらいのちょっと一踊りという意味で言ったのだったが、彼女は５、６分踊り続けた。部屋には映画音楽の他は、衣擦れの微かな音と、彼女の息づかいだけが聞こえている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　音を立てないように拍手をして、私はＯＫ、ＯＫと片手を挙げた。&lt;br /&gt;　彼女は、次のＶａｄｉ まで踊って、決めポーズをして、にっこりと微笑んだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　少し上気して、顔を赤らめている。&lt;br /&gt;　そして、立ちつくしたまま、視線を宙に漂わせ歌の続きに聴き入っている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は部屋の中が花園になったような彼女の踊りに胸が高鳴るのを覚えるほどだった。&lt;br /&gt;　曲の片面が終わると、私は彼女にラジカセを差し出し、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「Ｉｓｈｗａｒａ …、これを君にプレゼントするよ。素敵な踊りだった！」&lt;br /&gt;　「君に、恋をしそうになってしまったぞ（I'm just about to fall in love with you.）」と冗談を言った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　彼女はインドに咲く花だな、と実感せざるを得なかった。もし、日本に連れてきたところで、私には生かせるだけの力はない。蓮華は蓮華の池でこそ花を咲かせる、そう感じるものがあった。&lt;br /&gt;　&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/512528707673175520-3286898485625555008?l=vhairavi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://vhairavi.blogspot.com/feeds/3286898485625555008/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=512528707673175520&amp;postID=3286898485625555008' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/3286898485625555008'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/3286898485625555008'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://vhairavi.blogspot.com/2009/02/1.html' title='ファミリー体験とグルの戒め(1) Ｉｓｈｗａｒａの舞い'/><author><name>小林由典</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00188277427736178814</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://1.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SY-R14cQzrI/AAAAAAAAAS4/MytBDRlGvKk/s72-c/Ishwara02.jpg' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-512528707673175520.post-5373818148222694185</id><published>2009-01-13T14:53:00.008+09:00</published><updated>2009-02-09T00:28:42.891+09:00</updated><title type='text'>千客万来の思い出、牛もネズミも</title><content type='html'>　私の部屋は１階であったため、実に多くの訪問客がやって来た。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　グルの弟子はドイツ人の青年、アルゼンチンの若者、そしてフランス娘、そして私。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私はLuxman 翁からシタールの基礎と、基本的なRAGA　Yaman（evening raga） 、RAGA Bhairavi (morning raga)他練習曲をいくつか学んでおり、さらに別のところでRAGA Shindhu Bhairavi も学んでいました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　それで私が練習をしていると、彼らがやって来て、いろいろ話が弾むわけです。&lt;br /&gt;　とくに、アルゼンチンの若者は自己主張が強くてグルから自我を無にしなければ、RAGA はお前の心に入ってこないと言われて、冷遇されており、私にレッスンをしてくれと頼み込まれました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　典型的なラテン系の彼は人生を大いに楽しむタイプで、ひたすら修行をしている私を引っ張り出して中華料理店に行ったり、ガートにいったり、映画に行ったりと有能なガイド役を果たしてくれました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ドイツの青年とはもっとも長く話し込みました。気質が似ているのかもしれません。共通の話題も多かったせいもあります。&lt;br /&gt;　小学校の時にゲーテの伝記を読んで感動した私は中学校で「ファウスト」や「ヘルマンとドロテイア」を読み、その関連でヘルダーリンの詩を知り、高校の頃はリルケとハインリッヒ・ハイネに傾倒し、大学ではカール・ヤスパースに没頭したり、カント、ヘーゲル、ハイデッガーも小論文や卒論を書いていました。フッサールの現象学はいちばん打ち込んだでしょうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　アルバイトで、女子大生の卒論書き代行をしていましたので、ずいぶん論文を書いていたのですね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そして、このドイツ青年に「デカルトのコギトなど、紀元前の仏陀が喝破している世界だ」とこき下ろして煙に巻いてしまうのです。仏教論に土俵を変えれば、私が有利ですからね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　時には招かざるお客がやって来ることがあります。ある日、昼寝をしているとゴソゴソいう音がして目を覚ますと、何と4-50cm くらいの角を生やした雄牛が部屋の中に入ってきていました。これには、さすがに驚きました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　シタールを壊されないように小脇に抱えて、シッシッと追い払いましたが、暑いのでドアを閉め切るわけにもいかず、ショールを1.5メートルくらいの位置に横に張って、牛よけとしました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　それと、もっとも招かざる客がネズミです。耳の大きなネズミで、愛嬌があるのですが、夜中に寝ている躰の上を横切っていくので、びっくりします。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　逆に、招いていないけれどやって来ると嬉しい人に、グルのお嬢さんがいました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ご存じのように、インドでは「深窓」という文化があり、未婚の妙齢の女性は家の中にいて、男に顔を見せないものです。特に最高カーストのブラーマンの娘さんですから、外出するときはリキシャに乗って幌を覆い、顔は薄絹のショールを被る。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ところが、そのような深窓のお嬢さんですから、逆に好奇心がいっぱいなようで、時々私の部屋を覗きに来るのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　最初は、シタールの練習をしているとき、ふと気配を感じて入り口を見ると、彼女がドアの陰から躯を半分出して見つめていたのです。練習を止めて、合掌して「ナマスカール」と挨拶をすると、彼女はスルリと隙間から入ってきて部屋の角に行ってからクルリと振り返りました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ピンク色のサリーを着て、しなやかで優美な身のこなしに、上流階級の女性の素養とされる舞踏を身につけていることがすぐに分かりました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　でも、その後部屋のあちこちを見回して、好奇心がいっぱいなようです。片手でショールの端をつまんで、顔を隠していますので目しか見えませんが、アイラインを黒く濃く入れた目は、ものすごく強い印象を受けました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ミノックス式スパイカメラは荷物と共に盗まれてしまっていたので、激撮することが出来ないのが悔やまれました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　彼女は私の持っていたラジカセに興味を持ったらしく、「それはラジオなの？それとも…」と言いかけましたので、私は傍らのゴザを前に敷いて、「どうぞ、座って見れば？」と言いました。グルの演奏を録音するのにラジカセは必需品でしたので、ネパールのカトマンズで買ってきた日本のメーカーのものです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　しかし彼女は立ったままで、「あなたが、スイッチを入れてみて」と言いますので、カセットテープのボタンを押しました。ラビ・シャンカールのシタールです。彼女は少しだけ聴いて、「ねえ、映画音楽は持ってないの？」と訊いてきました。彼女たちの唯一の娯楽は映画ですが、もちろん家族と一緒でないと行けない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　それは持っていなかったので、そう言うと、彼女は軽く首をかしげる了解の仕草をして、今度は私が使っているボールペンに目をとめました。ＢＩＣの透明軸のボールペンで、木製軸のボールペンしか知らない彼女はそれが気に入ったようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「私に貸してくれる？」とせがんできます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　100円のボールペンですので、「あなたに、あげるよ」といって差し出すと、彼女は喜んでさっと手を出して受け取りました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　顔を隠していたショールから手を離したために、顔が見えてしまいました。白い肌に、真っ赤な口紅、そして強調された目。驚くほどの美人で、私の方がドキッとしてしまいました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://4.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SY75is-V-LI/AAAAAAAAASo/lCphJcFnf88/s1600-h/Ishwara01.jpg"&gt;&lt;img style="margin: 0pt 10px 10px 0pt; float: left; cursor: pointer; width: 120px; height: 90px;" src="http://4.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SY75is-V-LI/AAAAAAAAASo/lCphJcFnf88/s200/Ishwara01.jpg" alt="" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5300448186045167794" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;　呆気にとられている私を尻目に、彼女はスルリと身を翻して、ちらっと振り返って白い歯を見せると、さっと風のように消えていきました。&lt;br /&gt;　(写真が残っていませんので、面影のよく似た女優さんの写真でも)&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　彼女がいなくなってから、はっと気づいたのですが、インドで未婚の女性と、男の部屋で、二人きりで会うというのはかなりヤバイことでした。グルの娘さんですから、余計まずい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は内弟子ですし、インドのカースト制度に属さない外国人ですから、まだいいのですが、家族以外のインド人が同じようなことをしたら、つるし上げを食らいます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　とっくに嫁にやってよい年頃の娘さんですが、インドでは娘さんの結婚はものすごくお金がかかります。持参金が少ないと、姑にいびられて奴隷のようにこき使われたり、難癖をつけられて里に帰されたりします。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　男はまた別な女性を嫁にもらい、また持参金をせしめたりします。&lt;br /&gt;　最高カーストのブラーマンは伝統的に僧侶階級ですので、いわゆる商売などをすることがなく、音楽などの一族を形成するか、大学などの教授をするなど聖職にふさわしい仕事に就く伝統がありました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ですから、ゴドーリアのLuxman 翁も婚期を迎えた娘さんがいるのに、嫁にやれない事情がありました。&lt;br /&gt;　私のグルも、外人弟子を下宿させることで、生業としていたのですが、息子をラクノウの音楽大学に行かせる学資が足りない状態でした。外人弟子たちはヒッピーなので、お金にはシビアでしたから。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私がこの息子からタブラを習うということで、渡したレッスン料で、後日彼は大学入学を果たすことになるのです…。私が気前が良いのではなく、物価感覚が違いすぎたからですが。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は、留学生ビザを取得して、ベナレスヒンドウー大学の国際部みたいなところに腰を落ち着けたりするなら、この色白のアグネス・ラムを嫁さんにもらうことになるかも、という気がしました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私はグルの外人弟子たちの兄弟子のような立場になり、グルは常々「お前の心は、明鏡止水のごとく穏やかだ」と息子のように扱ってくれたからです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　シタールの弦を引っ張るミーンドの練習をして、指が痛いというと、ギーという清乳油脂を私の指につけて、丁寧にアーユルベーダ式のマッサージしてくれたりします。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ある時は、会いに来たゴパール青年の自転車の荷台に乗って出かけようとすると、戸口で見ていて「自転車は横座りでないと、何かあったときにさっと飛び降りられないぞ」などと、お世話が過ぎるほどでした。&lt;br /&gt;　グルが見えなくなるところまで走った後、私は日本流に荷台をまたぐ乗り方に変えましたが。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　その後、サリーのアグネス・ラムは時々やってきました。&lt;br /&gt;　最初は、ボールペンのインクが切れた、といって来ました。使いかけのボールペンとはいえ、相当字を書いたりしないとそんなに早く減らないものです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は不思議に思って、その事を尋ねると、「これからは、女でもしっかり勉強しないといけないでしょう？」といいます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　インド人の勉強の仕方は、徹底的に暗記することなのですが、彼女は声で暗唱するだけでなく、書いて暗記を強化するやり方をしていたようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そんなことがあって、私は彼女がやって来るたびに、深窓のお嬢さんはどのような趣味を持っているのか、世間のことをどの程度知っているのか、日本はどの辺にあるのか知っている？とか、知りたいことを次々に聞き出しました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　彼女の方も、日本人がインドのシタールを習ってどうするのとか、どういう仕事をしていたのとか、好奇心同士で話が尽きなくなります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ただ、彼女はグルほどは英語が流ちょうではなく、時々ヒンドゥー語になるので、細かいニュアンスが伝わらないこともしばしばありました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/512528707673175520-5373818148222694185?l=vhairavi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://vhairavi.blogspot.com/feeds/5373818148222694185/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=512528707673175520&amp;postID=5373818148222694185' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/5373818148222694185'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/5373818148222694185'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://vhairavi.blogspot.com/2009/01/blog-post.html' title='千客万来の思い出、牛もネズミも'/><author><name>小林由典</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00188277427736178814</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://4.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SY75is-V-LI/AAAAAAAAASo/lCphJcFnf88/s72-c/Ishwara01.jpg' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-512528707673175520.post-480790262062655317</id><published>2008-11-14T21:06:00.020+09:00</published><updated>2008-12-03T08:55:32.160+09:00</updated><title type='text'>寂寥（せきりょう）のシタール、五楼寺院の幻影</title><content type='html'>　午前中にグルの元でシタールの手ほどきを受け、午後はひたすら修練に励むという毎日が始まった。観光にはほとんど興味のなかった私は、残念なことにブッダガヤにもサルナートにも足を運ぶことはなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　それよりも、インド音楽の魅力にどんどん引き込まれていったのだ。シタールを注文したNithai の工房は道の途中にあり、毎日のように顔を出して、自分の注文したシタールができるのを心待ちにしていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　食事の時だけ、近くのシーク教徒の親父が経営する食堂に出かける程度だった。安くて、おいしい店で、タンドリーで焼くナンと、インド風チーズ（カッテージ･チーズ）とエンドウ豆のカレー、それにトマトクフタ、サブジー（ジャガイモとオクラのドライカレー）が定番だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そんな練習漬けのある日の午後、暑さと疲れでベッドに横になって、自律訓練法瞑想をしたまま、微睡（まどろ）んでしまったようだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私の脳裏には少し見下ろす感じで寺院が見えていた。静謐な空気の中で、シタールの音がかすかに聞こえる。&lt;br /&gt;　不思議なことに、姿は見えないのだけれども弾いているのは私だという確かな思いがしていたことだ。その寺院は、少し変わっていて、５つの鐘楼を持ついかにもヒンドゥー的混沌を表象するように思われた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　静かで、少し寂しい気分で私がシタールを弾いている、その情景を私が見ていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　何とも変な夢だったのだが、その情景は妙にこころに残るものだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そして話が一足飛びになるのだが、インドの夏の暑さを逃れてカシミールのスリナガールに避暑に出かけ、戻ってくるとベナレスはまだまだ猛暑が収まっていなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　止むを得ず今度はシタール持参で、二度目の避暑にネパールのカトマンズに飛んだ。盗難で旅費が乏しかったが、バス旅行は懲り懲りだったので飛行機にした。その分、滞在費を切りつめるために、コテージ･オーロラではなく王宮近くの中華料理店の二階に下宿した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ここは奄美大島で再開を約したシチューの紹介であった。彼とは、ベナレスで再会をしていたので、あらかじめ紹介を受けていたわけである。この店は、冒険家の故植村直己さんのお気に入りの店で、店主も植村さんの写真を取り出してきては話が弾んだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　二度の避暑は話題も多かったが、別の機会に述べたい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私はベナレスのアパートの管理者であるゴパール青年に、本格的にシタールを修行したいので第一線のシタール教師を捜してくれるように依頼していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　再びベナレスに戻った私は、Laxman翁にシルクの反物を差し上げて暇乞いをして、Goparの案内でアッシガート地区のShri Rama Kanth Misra 翁のお宅にお伺いした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ベナレスは現在、古名であるVaranashiに戻っているが、これはVarna川とAshi川の間の町という意味で、アッシガートはAshi川の河口にあるGhatを指している。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　雨期となって猛暑が遠のいたのもつかぬまで、再び乾期に戻るとじわじわと暑くなってきた。私はMisraグルの元で、相変わらず外出もせずシタールの修行に励んでいた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　インドでは暑い乾期になると、夜は屋上にゴザを敷いて、そこで眠る。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は、青天井の元で眠ることは気が進まず、ずっと部屋の中で寝泊まりしていたが、夜中に耳の長いネズミが体の上を通りすぎることが何度かあってから、たまらずに屋上で眠ることにした。通りに出て、露天でゴザを買い求め、ある日誘われるままに屋上に上がり一夜を過ごした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　どこからか映画音楽が聞こえ、暗い夜空には何やら鳥が飛んでいたりして、眠れない夜を過ごした。明け方になって少し安心できるようになり、眠りに落ちた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　朝、目を覚ますと、家の人たちはもう下に降りてしまっていた。フランス娘の弟子が一人下着姿のままでで、ヨガの修行をしていた。私は目を背けるようにして、あたりを見渡して愕然としたのであった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　グルの家の隣は寺院であり、あのときの変な夢に出てきた寺院そっくりな建物がそこにあったからだ。私は呆然として、五つの鐘楼を見回すばかりであった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　シタールのレッスンの時に尋ねてみると、この寺院はPanch Mandirといい、「五つの神をそれぞれまつっている五つの鐘楼を持つ寺院」という意味があるそうだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://3.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SR2EWkLJtaI/AAAAAAAAARc/lTCwEclFORI/s1600-h/ashi02.gif"&gt;&lt;img style="display:block; margin:0px auto 10px; text-align:center;cursor:pointer; cursor:hand;width: 400px; height: 329px;" src="http://3.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SR2EWkLJtaI/AAAAAAAAARc/lTCwEclFORI/s400/ashi02.gif" border="0" alt=""id="BLOGGER_PHOTO_ID_5268512662295786914" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ヒンドゥー語でpanch(パーンチ)というのは５を意味する。ロシア語ではピャーチである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　余談になるが、千葉に田舎暮らしを求めてやってきた田舎町の鎮守神社が五柱(いつはしら)神社といい、Panch Mandirと同じ意味を持っていたことに奇遇を感じる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私はゴパールのアパートで経験した不思議な夢がある種の予知夢であることを知ったわけですが、あの寂しいような雰囲気が気になっていた。&lt;br /&gt;　そのような晩年を送るという予知なのだろうかと…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そして、実に30年の時空の隔たりを超えて、今日再びPramod Kumar のThmri Sindhi Bhairavi を聴いて、一瞬で了解するものがあった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; RAGA: Thmri Sindhu Bhairavi (part1)&lt;br /&gt;&lt;object width="425" height="344"&gt;&lt;param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/XLjbJgiT9O8&amp;hl=ja&amp;fs=1"&gt;&lt;/param&gt;&lt;param name="allowFullScreen" value="true"&gt;&lt;/param&gt;&lt;param name="allowscriptaccess" value="always"&gt;&lt;/param&gt;&lt;embed src="http://www.youtube.com/v/XLjbJgiT9O8&amp;hl=ja&amp;fs=1" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="425" height="344"&gt;&lt;/embed&gt;&lt;/object&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; RAGA: Thmri Sindhu Bhairavi (part2)&lt;br /&gt;&lt;object width="425" height="344"&gt;&lt;param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/dVNm5w0EYW0&amp;hl=ja&amp;fs=1"&gt;&lt;/param&gt;&lt;param name="allowFullScreen" value="true"&gt;&lt;/param&gt;&lt;param name="allowscriptaccess" value="always"&gt;&lt;/param&gt;&lt;embed src="http://www.youtube.com/v/dVNm5w0EYW0&amp;hl=ja&amp;fs=1" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="425" height="344"&gt;&lt;/embed&gt;&lt;/object&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　この曲はインドに行く以前に、同級生の直(ちょく)のLPレコードで聴いていたのだった。私は彼からレコードを借りて、カセットテープに録音して、毎日のように聴いていました。それが、引っ越しの時にどこかにしまい忘れたようで、30年間もう一度聴きたいと思いながら聴けないでいたのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　あのとき抱いていた感情は、実はこのSindhu Bhairavi のモードだったのですね。最初に書いたと思いますが、インド古典音楽のRAGAというのは、「こころを彩るもの」という意味があります。あのとき脳裏に鳴り響いていたのは、他でもないこのThmuri Sindhu Bhairavi だったのです。Sindhu Bhairavi は神々への祈りのラーガです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　屋久島に移り住んだ直の家におじゃました時に、レコードを探してもらったのですが、その時は見つからず、幻のレコードになっていた…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　それが今頃になって、ようやく入手できたわけですから、本当に待ち遠しく、アメリカ版が在庫切れと連絡を受け、何としてでも手に入れようと日本版を手配してようやく手に入れました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　久しぶりに聴いてみると、印象が違うようでしたが、二度三度と聴いてみるとやはりすばらしく思えます。&lt;br /&gt;　共鳴弦が強く共鳴して、聞き慣れない人には雑音のように聞こえるかもしれませんが、インド音楽では倍音が豊かな音が好まれ、わざわざジョワリというビリつき音を出すような作りにしているのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　Pramod のThumuri ですね。彼の思い入れが現れている、Sindhi Bhairavi です。ぜひ、お楽しみ下さい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/512528707673175520-480790262062655317?l=vhairavi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://vhairavi.blogspot.com/feeds/480790262062655317/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=512528707673175520&amp;postID=480790262062655317' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/480790262062655317'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/480790262062655317'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://vhairavi.blogspot.com/2008/11/blog-post.html' title='寂寥（せきりょう）のシタール、五楼寺院の幻影'/><author><name>小林由典</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00188277427736178814</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://3.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SR2EWkLJtaI/AAAAAAAAARc/lTCwEclFORI/s72-c/ashi02.gif' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-512528707673175520.post-1135291826672863962</id><published>2008-10-28T08:35:00.022+09:00</published><updated>2008-11-29T22:39:35.646+09:00</updated><title type='text'>Pramod Kumar 「Sindi Bhairavi」を発見！</title><content type='html'>　前回、私が探していると書いたプラモッド・クマールの 「Sindhu Bhairavi」ですが、やっと見つかりました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　正式な名称は次の通りです。&lt;br /&gt;　Pramod Kumar 『Art of the Sitar』… 「Sindhi Bhairavi」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　スペルミスも含めて、いろいろなキーワードをサーチして、探し当てました。&lt;br /&gt;　私が記憶していたのはLP版でしたが、CDに焼き直されて発売されているようです。&lt;br /&gt;　早速CDを注文しましたので、私が探していたものと同じラーガでしたら、一部を抜粋して、アップロードしてみたいと思います。（→YouTube に再アップロードしました）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　Pramod Kumar はRavi Shankar の最高の弟子の一人に数えられていますが、残念ながらすでに亡くなられているということです。10歳の頃に、すでに大人を凌駕するシタールを弾いていたという天才でしたが、40歳代で生涯を終えた。&lt;br /&gt;　しかし、この演奏は今でも、インド音楽の代表的なシタール演奏だと思っています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　記憶ではThumriというのが頭についていたと思いましたが、CDを見て確認します。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　トゥムリ（thumri）は19世紀初頭に北インドの音楽的拠点であるラクノウで生まれた歌曲で、非常にロマンティックな詩と旋律が特徴です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　Lucknow はムガール帝国時代に繁栄したウルドゥー文化の古都で、ベナレスとニューデリーの中間にある町です。北インドの音楽は南インドのカルナタカ音楽と違って、イスラム文化との融合の中で発展してきたもので、ヒンディー語の兄弟であるウルドゥー語圏に文化的中心があります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ウルドゥーと言う言葉は「（ムガール）陣営」という意味だそうです。言葉は、ほとんどヒンディー語と違わないのですが、表記がペルシャ文字で、現在はパキスタンの公用語になっています。英語表記にすると、若干スペルが違うのは発音が若干違うのでしょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　Varanasi（ベナレス）流派（ガラナ）のPramod Kumar が演奏するのは自然な成り行きです。&lt;br /&gt;　厳格な古典音楽からすると、わが国の今様と同様に基本原則を崩して、歌曲の美しさを引き出す為に複数のラーガを混合させることがあります。いいとこ取りみたいなものですね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; インド古典音楽はこころを無にして、その時の神の声を感受して、ボーカルや楽器で伝えるという考え方をします。しかし、比較的新しい様式であるトゥムリ（thumri）では、欧米や我が国の音楽がそうであるように自分の感情を織り込んでいきます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　その人らしさが出るといって良いでしょうね。&lt;br /&gt;　Sindhu Bhairavi は演奏会などで最後（通常、明け方になる）に演奏されるラーガで、神に祈りを捧げる意味があります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　一生忘れられない楽曲になると思います。（前半部分のみアップロード）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　Raga 「&lt;span style="font-weight: bold;"&gt;Thumri Sindhi Bhairavi&lt;/span&gt;」…Pramod Kumar&lt;br /&gt;&lt;object width="425" height="344"&gt;&lt;param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/Yq92tWVYxmo&amp;hl=ja&amp;fs=1"&gt;&lt;/param&gt;&lt;param name="allowFullScreen" value="true"&gt;&lt;/param&gt;&lt;param name="allowscriptaccess" value="always"&gt;&lt;/param&gt;&lt;embed src="http://www.youtube.com/v/Yq92tWVYxmo&amp;hl=ja&amp;fs=1" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="425" height="344"&gt;&lt;/embed&gt;&lt;/object&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/512528707673175520-1135291826672863962?l=vhairavi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://vhairavi.blogspot.com/feeds/1135291826672863962/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=512528707673175520&amp;postID=1135291826672863962' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/1135291826672863962'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/1135291826672863962'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://vhairavi.blogspot.com/2008/10/pramod-kumar-sindi-bhairavi.html' title='Pramod Kumar 「Sindi Bhairavi」を発見！'/><author><name>小林由典</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00188277427736178814</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-512528707673175520.post-3768518939479169026</id><published>2008-09-16T16:48:00.011+09:00</published><updated>2008-10-25T12:48:04.197+09:00</updated><title type='text'>インド的時間の流れ</title><content type='html'>　翌日、私は指定された時間にグルを訪問した。&lt;br /&gt;　最初のシタールレッスンに張り切っていた。&lt;br /&gt;　ところが、である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　グルの娘さん（20歳前後）に案内されたのは建物の屋上で、その端の方にある部屋でグルはまだ眠っていた…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ようやく起きてきたグルはちょっと待てと言って、ブラーマンらしく朝のお祈りを始めた。日本のように、仏前にお線香を点して、チーンという即席なものではない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ベーダの一節を唱えているようで、いつ終わるのやらという感じで、イライラ・プッツンしかかったころに、ようやくこちらを振り向いた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　インドの家庭ではどこでもあるゴザを日向に広げて、まあ座りなさいという。いよいよ始まるかと思っていると、グルは、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「朝一番のチャイを飲もう。ところで小銭を持っているか？」と尋ねる。&lt;br /&gt;　「持っているけど？」…と不審そうにすると、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　グルは居候のサドゥー（修行者）を呼びつけ、私から１ルピー（当時25円）を受け取って渡し、何かを言いつけた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　聞くと、新鮮なミルクを買いに行ったのだとか。サドゥーは程なく戻ってきて、チャイを入れて飲んだ。&lt;br /&gt;　もう、１時間は過ぎている。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　そして、このサドゥーがシタールを持ってきて、グルに渡し、最初にチューニングをする。&lt;br /&gt;　チューニングのための基準音はなくて、他の楽器と協奏する時は音あわせをする、というやり方のようだ。前回のAlla Rakhaがタブラをたたき始める前に、Ravi Shankar のシタールと音合わせをしたのにお気づきだろうか。&lt;br /&gt;　事前に合わせてあるのだけれども、照明の温度でタブラの方が音が微妙に高くなったりするからだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　非常にアバウトなようだが、純正律のチューニングそのものはきわめて厳格なのである。かつて、東京芸大教授だった故小泉文夫がインド音楽を習った時、授業の最初にチューニングをするのだが、大勢の生徒の中から音程の狂いを指摘されるのは決まって小泉文夫だった、という。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;インド音楽は西洋音楽と異なり、半音以外に３分の１音みたいな微妙な音階がある。我が国の横笛にメリとかカリという音出しがあるが、共通するところがある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　というより、音楽の大陸であるインド音楽が古代中国音楽や和楽に継承されているのだと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　最初はピアノのバイエルのように、シタールの指使いを練習した。&lt;br /&gt;　インドでは、音楽をやる家では子供が幼稚園児くらいの時から稽古を始めるという。ラビシャンカールは庭の木に縛り付けられて、長時間の稽古をこなしてきたそうで、20の若造と言っても、キャリア15年という相当な奏者になっているのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　最後に、グルがラーガを演奏してくれる。&lt;br /&gt;　この曲は２０００年前の曲なんだよ、と言うのだが、文字を発達させず口伝で伝えてきたインダス文明の２０００年前を証明するものなどありはしない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　それにしても、早朝のラーガであるシンドゥー・バイラビ（Sindhoo bhailavi）は心にしみ入るラーガだった。厳かな、神への祈りのラーガである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　Sindhoo bhailaviの良い映像がないので、Bhailavi を２つほど、紹介しておきたい。&lt;br /&gt;　両者の音階はアセンダントの時は同じだが、ディセンダントの時にSindhoo bhailavi はレの音が半音低くなる。昔、Plamod Kumar というシタール奏者のSindhoo bhailavi というレコードがあったのだけれども、これは本当に絶品だった。探しているのですが、知っている方は教えてください。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　Ustad Shahid Parvez - Bhairavi Alap &lt;br /&gt;&lt;object width="425" height="344"&gt;&lt;param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/7ZQPXOf5HKc&amp;amp;hl=ja&amp;amp;fs=1"&gt;&lt;param name="allowFullScreen" value="true"&gt;&lt;embed src="http://www.youtube.com/v/7ZQPXOf5HKc&amp;amp;hl=ja&amp;amp;fs=1" type="application/x-shockwave-flash" allowfullscreen="true" width="425" height="344"&gt;&lt;/embed&gt;&lt;/object&gt;&lt;br /&gt;　Alap というのは、ラーガの導入部であり、最初にモード（曲想）を提示している。&lt;br /&gt;　タブラのリズムはなく、ゆっくりと瞑想するように演じる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　動画でお分かりのように、シタールではフレットの位置を変えずに、弦を横に引っ張って連続的な音程の変化を出します。この奏法を meend （ミーンド）といいます。微妙な音階を出す場合は、この奏法を多用します。Alap の箇所で多く見られますね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Pt Nikhil Banerjee - Raag Bhairavi　（Raag＝Raga）&lt;br /&gt;&lt;object width="425" height="344"&gt;&lt;param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/N2lKOXfPx4Y&amp;amp;hl=ja&amp;amp;fs=1"&gt;&lt;param name="allowFullScreen" value="true"&gt;&lt;embed src="http://www.youtube.com/v/N2lKOXfPx4Y&amp;amp;hl=ja&amp;amp;fs=1" type="application/x-shockwave-flash" allowfullscreen="true" width="425" height="344"&gt;&lt;/embed&gt;&lt;/object&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　（ 頭についているPtというのは、Pandit の略で、偉い人につける尊称 ）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　いまでも、バイラブやバイラビを聞くと、私の裡にインド的時間が流れてくる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/512528707673175520-3768518939479169026?l=vhairavi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://vhairavi.blogspot.com/feeds/3768518939479169026/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=512528707673175520&amp;postID=3768518939479169026' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/3768518939479169026'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/3768518939479169026'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://vhairavi.blogspot.com/2008/09/blog-post.html' title='インド的時間の流れ'/><author><name>小林由典</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00188277427736178814</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-512528707673175520.post-4794988247772783328</id><published>2008-04-23T11:54:00.008+09:00</published><updated>2008-10-25T12:33:25.897+09:00</updated><title type='text'>シタールＶＳタブラ：インド古典音楽</title><content type='html'>　楽器を演奏する人には、弦楽器派と打楽器派、それに管楽器派がいるようだ。他の楽器には興味がない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は弦楽器派だが、タブラだけは大変興味をもち、シタール修行のかたわらタブラも習うことになった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　インド古典音楽は、ブラーマン階級の人たちの素養とされる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　相棒のＫ君が入門したのは、Ｇａｎｇａｄｈａｒ　Ｒａｏ　Ｋｅｖｈａｒ　というブラーマンであった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　彼の練習に付いていって、ガンガダのタブラ演奏を生で聴き、太鼓が音階を出すという妙技に唖然とした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　太鼓にもチューニングというのはあるが、音階という概念はない。あるのは、リズムだけ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　しかし、タブラは打撃面の皮を手の平付け根に近い部分に押し当てて、皮の張り加減を変えて音階を変える、という奏法がある。&lt;br /&gt;　太鼓はドンという一定の音しか出さないと思っている人は、協奏者のシタールあるいはサロードの奏でるフレーズを、そっくりタブラでコピーして返す離れ業に、おお！という驚嘆の声を上げてしまう。タブラの基本的な奏法を次に紹介したい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　Alla Rakha - Tabla Solo　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;object width="425" height="344"&gt;&lt;param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/Joyk_EMtzn0&amp;amp;hl=ja&amp;amp;fs=1"&gt;&lt;param name="allowFullScreen" value="true"&gt;&lt;embed src="http://www.youtube.com/v/Joyk_EMtzn0&amp;amp;hl=ja&amp;amp;fs=1" type="application/x-shockwave-flash" allowfullscreen="true" width="425" height="344"&gt;&lt;/embed&gt;&lt;/object&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　インド音楽の特徴に、即興で相手とやりとりするパート（ジュガルバンディー）があり、最も楽しい、スリリングな見せ場となっている。これは、ボーカルＶＳサロードとか、シタールＶＳサランギという楽器とか、タブラＶＳシタールとか、組み合わせはいろいろある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私が最も面白く楽しんだのは、タブラを伴奏にして踊るカタックダンスだった。&lt;br /&gt;　このダンスは、我が国でよく知られているインド美女が首を左右に振るカタカリダンスなどとは全く違い、足首に多数の鈴を付けたダンサーが、ステップダンスのように激しく踊るのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ステップダンスと違うのは、素早い回転が入ること。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　タブラが、タタタ、タタタ、タタタ、タン！と打つと、&lt;br /&gt;　ダンサーが、鈴をシャシャシャ、シャシャシャ、シャシャシャ、シャン！と回転しながら、最後にピタッと決めポーズをとる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　これが決まると、観客が大喝采する。&lt;br /&gt;　男のダンサーが化粧して踊る場合、女性ダンサーよりも動きが鋭く速く、ものすごくかっこいいのであった。化粧した男のダンサーが女性的な手の動きを見せて、不思議な雰囲気をかもし出す。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;object width="425" height="344"&gt;&lt;param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/6Z20HNhfhws&amp;hl=ja&amp;fs=1"&gt;&lt;/param&gt;&lt;param name="allowFullScreen" value="true"&gt;&lt;/param&gt;&lt;embed src="http://www.youtube.com/v/6Z20HNhfhws&amp;hl=ja&amp;fs=1" type="application/x-shockwave-flash" allowfullscreen="true" width="425" height="344"&gt;&lt;/embed&gt;&lt;/object&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="font-weight: bold;"&gt;　&lt;a href="http://jp.youtube.com/watch?v=UuKTxcuu0nY&amp;amp;feature=related"&gt;kathak duet by Anuj and smriti mishra&lt;br /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;　さて、話を戻そう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ガンガダのタブラを見聞きして、チャイをごちそうになる。&lt;br /&gt;　その席で、彼は「あなたもタブラを習うか？」と尋ねてきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　インド人特有のニコリともせずに鋭い眼光で、じっと瞬きもしないで射るような視線を向けてくる。&lt;br /&gt;　私は、「いや、私はシタールならやっても良いが…」と逃げ出しそうに答えると、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「アッチャー！、と言って、彼は回廊の中空に向かって誰かを呼ぶように声を上げた。&lt;br /&gt;　上の階から、誰かの返事が聞こえ、やってきたのはガンガダの兄という老人だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　このやせこけた老人が私の最初のグル（導師）となったＬａｘｍａｎ　爺である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　こうして、翌日から私はグルの元に、シタールを習いに通うことになった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/512528707673175520-4794988247772783328?l=vhairavi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://vhairavi.blogspot.com/feeds/4794988247772783328/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=512528707673175520&amp;postID=4794988247772783328' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/4794988247772783328'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/4794988247772783328'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://vhairavi.blogspot.com/2008/04/blog-post.html' title='シタールＶＳタブラ：インド古典音楽'/><author><name>小林由典</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00188277427736178814</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-512528707673175520.post-8017027336199624232</id><published>2008-03-15T09:22:00.003+09:00</published><updated>2008-10-25T12:17:20.491+09:00</updated><title type='text'>チャイの水はガンガのくみ水だった</title><content type='html'>　ベナレスはヒンズー教徒の聖地であり、敬虔な教徒は最後の旅としてこの地に赴き、自らの死を迎える。&lt;br /&gt;　ガンジス川の沐浴場として有名なダサスワメート・ガートは、ベナレスの繁華街を通り過ぎた川岸にある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onblur="try {parent.deselectBloggerImageGracefully();} catch(e) {}" href="http://2.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SQKPifvgt7I/AAAAAAAAANI/ab0fi8F9bPk/s1600-h/ghat02.jpg"&gt;&lt;img style="display:block; margin:0px auto 10px; text-align:center;cursor:pointer; cursor:hand;width: 378px; height: 135px;" src="http://2.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SQKPifvgt7I/AAAAAAAAANI/ab0fi8F9bPk/s400/ghat02.jpg" border="0" alt=""id="BLOGGER_PHOTO_ID_5260925137521260466" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私と相棒は、ガートに近いゴドーリア地区に宿を移した。宿といっても、ホテルではなく、一般のアパートであった。&lt;br /&gt;　旅仲間の情報で、ゴパールという青年の管理している家の３階の一室を借りたのだが、同じフロアにはインド人学生がワイワイがやがや住んでいた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　彼らと話してみると、部屋代が私たちの１０分の１であることが分かり、ゴパールと交渉すると、意外に正直な人物であることが分かった。お金は返せないが、長期滞在をするのなら半年分前受けという事にしてもいい、というような話になった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　相棒はインドの打楽器タブラを習い始め、私はシタールを習い始めたので、私は空き部屋を無料で使わせてくれとねじ込んで、個室を確保した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そして、毎朝、ダサスワメートガートに行き、ヒンズー式沐浴を横目に、朝日の昇るのを石段に座って眺めるのが日課となった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ガートには、チャイ（インド風ミルクティー）屋の屋台があり、モーニング・ティーを飲むのが楽しみだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　相棒が、給仕の少年に水を欲しいというと、少年は屋台のそばに置いてあるバケツの水を無造作にカップで汲んで、持ってきてくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　オイオイ、と思って尋ねてみると、チャイを入れる水は目の前のガンガ（ガンジス川）の水をバケツで汲んできたものだと、平然と言う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　よせよ、と言っても、後の祭りだ。&lt;br /&gt;　この、笹濁りの川の水で入れたチャイを毎日飲んでいたわけだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　彼らにとって、ガンガは聖なる川であり、清浄な水なのだ。&lt;br /&gt;　沐浴をしているヒンズー教徒たちは、そこで体を洗い清め、頭からかぶり、口をすすいだりする。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　しかし、ガートには死体焼却場があり、毎日のように焼却が行われ、遺体が川に投げ込まれている。&lt;br /&gt;　腹を減らした犬たちが、その遺体にかぶりつく。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　昼頃には、水牛の群れが大挙して水浴びをしている。&lt;br /&gt;　上流の方も、下流の方も、状況は変わらない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　その水なのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　文明に飼い慣らされてひ弱になった日本人では、大腸菌その他がうようよ、食いちぎられた手足が漂うこの川の水を飲めないだろう。&lt;br /&gt;　肝炎になるか、アメーバ姓赤痢になるか…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　こうして、私たちのダサスワメートガート通いも、間遠になっていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/512528707673175520-8017027336199624232?l=vhairavi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://vhairavi.blogspot.com/feeds/8017027336199624232/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=512528707673175520&amp;postID=8017027336199624232' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/8017027336199624232'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/8017027336199624232'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://vhairavi.blogspot.com/2008/03/blog-post.html' title='チャイの水はガンガのくみ水だった'/><author><name>小林由典</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00188277427736178814</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://2.bp.blogspot.com/_B8FekmFU5dQ/SQKPifvgt7I/AAAAAAAAANI/ab0fi8F9bPk/s72-c/ghat02.jpg' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-512528707673175520.post-3611722301912692881</id><published>2007-11-22T00:27:00.000+09:00</published><updated>2007-11-22T01:36:57.644+09:00</updated><title type='text'>旅の始まり：諏訪之瀬島～</title><content type='html'>　インド精神世界への旅は琉球弧の向こうに見えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　今は屋久島で山岳ガイドをやっている友人の直から誘われて、世界のコンミューン運動のメッカとも言うべき諏訪之瀬島を訪れることになったのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　かつての祭りの饗宴の熱気は遠く、地元に根付いた新住民の先達たち。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　バンヤン（Baniyan Yoga Ashram）には、ジョーとナーガの２家族、他には島の区長を務めていたナンダ一家、ぼやきのゲタオ一家、自称アナーキストのサンキスト、火山研究家のアオキ…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　やはり同級生のシチューは臥蛇島に出かけていて、不在だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　あだ名から分かるように、&lt;br /&gt;　彼ら「部族」のメンバーはいわゆる「インド帰り」だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　60年安保が過ぎて、&lt;br /&gt;　コンミューン運動に身を投じ、世界を放浪し、&lt;br /&gt;　ある人はイスラエルのキブツで生活し、&lt;br /&gt;　ある者はウッドストックに参加し、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そして、インド精神世界に感化されて、&lt;br /&gt;　諏訪之瀬島にコンミューンを作って定住した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　当時、私の座右の書であった「スッタニパータ」（仏陀の言葉…岩波文庫）的世界にふれた最初の経験であった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私の主目的は、島尾敏雄の「出発はついに訪れず」の舞台となった&lt;br /&gt;　奄美大島の加計呂間島を訪れることだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　次の十島丸が寄港するのを待って、私は一人奄美に向かった。&lt;br /&gt;　ここで、友人のシチューと会うことができた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　一晩中話をして、コタツでごろ寝した。&lt;br /&gt;　彼は近々インド・ネパールを旅してくると言った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ネパールのカトマンズで仏教画を収集・研究・制作している人のところにお世話になるという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は、登山が好きだったので、ヒマラヤトレッキングをしたいという希望を持っていた。&lt;br /&gt;　「現地で会うことができたら、また会おう」&lt;br /&gt;　…と話をして、私は加計呂間に旅立った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ミホ夫人的世界を納得した私は、さらに当てもなく沖縄から先島諸島を流れ歩いた。&lt;br /&gt;　このような長い一人旅は初めてだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　帰りは那覇から船旅を選び、揺れる風呂につかりながら、&lt;br /&gt;　ヒマラヤトレッキングの計画を練り始めていた。&lt;br /&gt;　&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/512528707673175520-3611722301912692881?l=vhairavi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://vhairavi.blogspot.com/feeds/3611722301912692881/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=512528707673175520&amp;postID=3611722301912692881' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/3611722301912692881'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/3611722301912692881'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://vhairavi.blogspot.com/2007/11/blog-post_22.html' title='旅の始まり：諏訪之瀬島～'/><author><name>小林由典</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00188277427736178814</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-512528707673175520.post-1092046044855676251</id><published>2007-11-06T13:07:00.001+09:00</published><updated>2008-10-18T14:43:42.365+09:00</updated><title type='text'>神も喜ぶ、彼らも喜んでいる。お前も喜べ！</title><content type='html'>　はじめに&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（ この「精神世界の旅」は現在進行形の話ではなく、&lt;br /&gt;　過去の体験を思い出すままに書いているものです ）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ネパールの聖峰アンナプルナ（豊穣の女神）トレッキングを終えて、Pokhara から次の目的地、ヒンドゥーの聖地ベナレス（バラナシ）に移動するバスで、私は旅行ザックを盗まれてしまった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　その経緯は別な機会に書きたい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　バラナシのコダイキチョウキという地区の宿に落ち着いた私は、翌日地元の警察に被害届を出しに行った。AIUの旅行保険に入っていたので、調書を作成してもらうためであった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　署長はがさつだが（現地では普通なのだろう）、意外に親切だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は事の顛末を述べ、彼が盗難証明書を書いた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　時々、私がスペルのミスを指摘したために、部下の手前もあってか…&lt;br /&gt;　「お前が、自分で書け！」と、&lt;br /&gt;　書きかけの書類を私に突きだした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　それをいいことに、私は盗難品のカメラを&lt;br /&gt;　スナップカメラではなく、ニコンの最高級品として書き込んだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　保険の規定で、１万円以下のものは保証外という足きりがあったので、&lt;br /&gt;　損失の半分も戻ってこない事を知っていたために、&lt;br /&gt;　旅費不足を来さないように偽装したのであった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　書類を書き終えると、署長はイモ判のように字がつぶれて読めない検印を押してくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そして、私にヒンドゥー的訓辞をたれた…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「ジャパニ、お前はインドを旅行するだけの余裕がある。&lt;br /&gt;　日本人は我々と比べて、金持ちだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　旅行バッグを盗まれたのは気の毒だが…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　もう、戻っては来ない。しかし、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　それで、泥棒たちの家族が養えることになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　彼らは、みんな喜んでいるだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　神も喜ぶ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　だから、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　お前も喜べ！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ここはインドなんだ…」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　バッグには、カメラや電気カミソリなどの文明の利器が入っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ヒンドゥー教徒の終焉の聖地とされるベナレスに入るに際して、&lt;br /&gt;　私は裸一貫状態でたどり着いた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　あたかも、大多数のヒンドゥーたちが裸一貫、ショールと水瓶だけで&lt;br /&gt;　この地を目指すように。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　その後、ベナレスでずるずると１年以上生活していく中で、&lt;br /&gt;　彼の言葉が受け入れられるようになっていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/512528707673175520-1092046044855676251?l=vhairavi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://vhairavi.blogspot.com/feeds/1092046044855676251/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=512528707673175520&amp;postID=1092046044855676251' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/1092046044855676251'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/512528707673175520/posts/default/1092046044855676251'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://vhairavi.blogspot.com/2007/11/blog-post.html' title='神も喜ぶ、彼らも喜んでいる。お前も喜べ！'/><author><name>小林由典</name><uri>http://www.blogger.com/profile/00188277427736178814</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry></feed>
