2009年2月13日金曜日

インド的混沌とそのゆがみ

 このブログに適した写真をプロフィールに使ってみましたが、タナゴ釣りフリークの龍谷さんから、今のイメージと重ならないと冷やかされてしまいました。
  ε- (^、^; ふぅー まあ、一服でも。

 まさか勘違いする人もいないでしょうが、当時の写真ですから、現在の私ではありません。
 プロフィール設定が個々のブログごとにできませんので、他のブログでは合わないわけですね。


 さて、インド亜大陸は中央アジアからの民族的圧力を受け続けた歴史があるため、世界でも例のない多民族国家を形成しています。北にアジアとヨーロッパを結ぶシルクロードに接して、常に他民族が北から侵攻してくる。

 先住民族は南へ南へと押しやられて、複雑な地層のような民族分布を示しています。使われている言語は300を超えるといいます。一般的に、南に行くほど肌の色が黒いとか言われますが、南でもムンバイとか、ケララ州などは色の白い民族がいます。

 インド映画は世界最大のマーケットを持っており、制作本数から言えばアメリカなど問題ではありません。インド映画の特徴は、オールインワン形式だということですね。

 ストーリーの中に、喜劇・悲劇・活劇そして歌と踊りと恋愛ものすべてがそろっているのが普通です。
 そして俳優さんですが主役級はもちろん、ほとんどが肌が白い人たちです。


 特に女優さんは肌が白いことが絶対条件ですね。そして、近年の傾向として西洋人のような目の色をしている女優さんが好まれるようです。
 これを見れば、インド人というイメージがかなり違ってくるでしょうね。

 私たちがすぐに思い浮かべる頭にターバンを巻いた色白のインド人は、インドでは3%程度しかいないシーク教徒です。

 彼らは商人階級に属しているために、世界中にビジネスで行き来しておりインド商人として有名ですが、人口からいえばごく少数派です。

 しかし、主立ったレストランや劇場、その他商売関係ではビジネスオーナーになっていることが多く、それだけ目立つわけですね。



 Ishwaraに似ていると、画像を拝借した左の女優さんは、名前も同じでAishwarya Rai という、今インドでもっとも有名というか、世界中で知られている女優さんです。


 彼女は1973年、南インドのカルナタカ 州の Mangalor生まれ。

 1994年のミスワールドで、身長170センチ、今年36歳になります。

 母親が美人の産地として知られる北インドはカシミール出身で、母親似ですね。

 確かにカシミールの人という感じがします。

 私は避暑でカシミールの景勝地スリナガールに行き、ひと夏を釣り三昧で過ごしましたが、男も草刈正雄タイプのいい男がたくさんいました。

 残念なことに、民衆はイスラム教(王国時代に国王は国教としてヒンズーに改宗しているので、州としてはヒンズー教)ですので、女性は黒いベールを被っており、写真撮影も拒否しますので、写真が撮れなかった…


 バラナシのIshwaraは黒目ですし、髪も染めていない黒髪が腰まであり、唇もキリっとした唇で、Aishwarya ほど華やかではありませんでしたが、本人と身近に接してきているので印象が強かったです。

 
 帰りの路上で、心痛む光景を目にした。
 朝来る時に道ばたで息絶えていた男のそばに7、8歳くらいの男の子が寄り添っていて、牛とやり合っているのだった。

 腹をすかせた牛が、死んだ男の綿服に食いついてちぎり取ろうとしていたのである。少年はその男の息子らしく、必死に牛を追い払おうとしていたが牛にはかなわず、男の死体は牛に振り回されていた。

 どうにもならなくなって、とうとう少年は両膝を地面について泣き始めた。

 父親が亡くなっただけでも悲しく途方に暮れることに違いない。
 その遺体が、腹を空かせた牛に引きづり回されているのを見るのは、この小さな子には容赦のない悪夢であるはずだ。

 しかし牛はヒンドゥー世界では聖なる生き物であり、蹴飛ばして追い払うわけにはいかない。これが牛ではなく、バッファロー(水牛)であったなら、棒で殴ることもできる。

 そして、死んだ男はアウトカーストの人間。マハトマ・ガンディーがハリジャン(神の子)と命名したアンタッチャブル(不可触賤民と訳されている)なのだ。

 彼らはカーストの人間からすると、見ても穢(けが)れるとされ、路傍の石のように無視される定めを負っている。子どもがいくら泣こうが叫ぼうが、誰も助けないし、見もしないし気付いたそぶりも見せない。

 彼らを車でひき殺したとしても、人間扱いされていないために罪に問われない世界での出来事なのだから。

 この子は明日から、ガート近くで死を待つ老人たちに与えられる喜捨のチャパティの屑を、飢えて痩せている犬と奪い合って命をつながなければならない。
 インドの犬は空腹で凶暴だし、噛みつかれて狂犬病にでもなったら明日はお前の姿かもしれない…
 そうならないことを祈るしかなかった。

 バラナシは田舎町だし、ヒンドゥーの聖地であるから、飢えに苦しみながらも喜捨を頼りに小さな子ども1人でも生きられるだろう。

 しかし、これがコルカタであったなら、我々日本人には想像を絶する悲惨な将来が待っているかもしれない。子どもを見せ物にする親方のようなヤツがいて、その子たちは両手がなかったり、両足がなかったり、さらには見るのもおぞましい奇形にされて、衆目にさらされながら喜捨を受け、親方の収益となる。

 親切な大人に出会う経験をしたなら、そういう人さらいに引っかかることにもなりかねない。親切な大人になど出会わない方がいいのだ。子ども同士の仲間になって、せいぜい観光客のお布施をかせいだり、のっぴきならない時は泥棒をしてでも食う道を探してくれ、としか言えないのだった。

 インドでは、涙などはすぐさま干上がってしまう過酷な現実がある。

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