翌日、私は指定された時間にグルを訪問した。
最初のシタールレッスンに張り切っていた。
ところが、である。
グルの娘さん(20歳前後)に案内されたのは建物の屋上で、その端の方にある部屋でグルはまだ眠っていた…
ようやく起きてきたグルはちょっと待てと言って、ブラーマンらしく朝のお祈りを始めた。日本のように、仏前にお線香を点して、チーンという即席なものではない。
ベーダの一節を唱えているようで、いつ終わるのやらという感じで、イライラ・プッツンしかかったころに、ようやくこちらを振り向いた。
インドの家庭ではどこでもあるゴザを日向に広げて、まあ座りなさいという。いよいよ始まるかと思っていると、グルは、
「朝一番のチャイを飲もう。ところで小銭を持っているか?」と尋ねる。
「持っているけど?」…と不審そうにすると、
グルは居候のサドゥー(修行者)を呼びつけ、私から1ルピー(当時25円)を受け取って渡し、何かを言いつけた。
聞くと、新鮮なミルクを買いに行ったのだとか。サドゥーは程なく戻ってきて、チャイを入れて飲んだ。
もう、1時間は過ぎている。
そして、このサドゥーがシタールを持ってきて、グルに渡し、最初にチューニングをする。
チューニングのための基準音はなくて、他の楽器と協奏する時は音あわせをする、というやり方のようだ。前回のAlla Rakhaがタブラをたたき始める前に、Ravi Shankar のシタールと音合わせをしたのにお気づきだろうか。
事前に合わせてあるのだけれども、照明の温度でタブラの方が音が微妙に高くなったりするからだ。
非常にアバウトなようだが、純正律のチューニングそのものはきわめて厳格なのである。かつて、東京芸大教授だった故小泉文夫がインド音楽を習った時、授業の最初にチューニングをするのだが、大勢の生徒の中から音程の狂いを指摘されるのは決まって小泉文夫だった、という。
インド音楽は西洋音楽と異なり、半音以外に3分の1音みたいな微妙な音階がある。我が国の横笛にメリとかカリという音出しがあるが、共通するところがある。
というより、音楽の大陸であるインド音楽が古代中国音楽や和楽に継承されているのだと思う。
最初はピアノのバイエルのように、シタールの指使いを練習した。
インドでは、音楽をやる家では子供が幼稚園児くらいの時から稽古を始めるという。ラビシャンカールは庭の木に縛り付けられて、長時間の稽古をこなしてきたそうで、20の若造と言っても、キャリア15年という相当な奏者になっているのである。
最後に、グルがラーガを演奏してくれる。
この曲は2000年前の曲なんだよ、と言うのだが、文字を発達させず口伝で伝えてきたインダス文明の2000年前を証明するものなどありはしない。
それにしても、早朝のラーガであるシンドゥー・バイラビ(Sindhoo bhailavi)は心にしみ入るラーガだった。厳かな、神への祈りのラーガである。
Sindhoo bhailaviの良い映像がないので、Bhailavi を2つほど、紹介しておきたい。
両者の音階はアセンダントの時は同じだが、ディセンダントの時にSindhoo bhailavi はレの音が半音低くなる。昔、Plamod Kumar というシタール奏者のSindhoo bhailavi というレコードがあったのだけれども、これは本当に絶品だった。探しているのですが、知っている方は教えてください。
Ustad Shahid Parvez - Bhairavi Alap
Alap というのは、ラーガの導入部であり、最初にモード(曲想)を提示している。
タブラのリズムはなく、ゆっくりと瞑想するように演じる。
動画でお分かりのように、シタールではフレットの位置を変えずに、弦を横に引っ張って連続的な音程の変化を出します。この奏法を meend (ミーンド)といいます。微妙な音階を出す場合は、この奏法を多用します。Alap の箇所で多く見られますね。
Pt Nikhil Banerjee - Raag Bhairavi (Raag=Raga)
( 頭についているPtというのは、Pandit の略で、偉い人につける尊称 )
いまでも、バイラブやバイラビを聞くと、私の裡にインド的時間が流れてくる。
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