ガンジス川の沐浴場として有名なダサスワメート・ガートは、ベナレスの繁華街を通り過ぎた川岸にある。

私と相棒は、ガートに近いゴドーリア地区に宿を移した。宿といっても、ホテルではなく、一般のアパートであった。
旅仲間の情報で、ゴパールという青年の管理している家の3階の一室を借りたのだが、同じフロアにはインド人学生がワイワイがやがや住んでいた。
彼らと話してみると、部屋代が私たちの10分の1であることが分かり、ゴパールと交渉すると、意外に正直な人物であることが分かった。お金は返せないが、長期滞在をするのなら半年分前受けという事にしてもいい、というような話になった。
相棒はインドの打楽器タブラを習い始め、私はシタールを習い始めたので、私は空き部屋を無料で使わせてくれとねじ込んで、個室を確保した。
そして、毎朝、ダサスワメートガートに行き、ヒンズー式沐浴を横目に、朝日の昇るのを石段に座って眺めるのが日課となった。
ガートには、チャイ(インド風ミルクティー)屋の屋台があり、モーニング・ティーを飲むのが楽しみだった。
相棒が、給仕の少年に水を欲しいというと、少年は屋台のそばに置いてあるバケツの水を無造作にカップで汲んで、持ってきてくれた。
オイオイ、と思って尋ねてみると、チャイを入れる水は目の前のガンガ(ガンジス川)の水をバケツで汲んできたものだと、平然と言う。
よせよ、と言っても、後の祭りだ。
この、笹濁りの川の水で入れたチャイを毎日飲んでいたわけだ。
彼らにとって、ガンガは聖なる川であり、清浄な水なのだ。
沐浴をしているヒンズー教徒たちは、そこで体を洗い清め、頭からかぶり、口をすすいだりする。
しかし、ガートには死体焼却場があり、毎日のように焼却が行われ、遺体が川に投げ込まれている。
腹を減らした犬たちが、その遺体にかぶりつく。
昼頃には、水牛の群れが大挙して水浴びをしている。
上流の方も、下流の方も、状況は変わらない。
その水なのだ。
文明に飼い慣らされてひ弱になった日本人では、大腸菌その他がうようよ、食いちぎられた手足が漂うこの川の水を飲めないだろう。
肝炎になるか、アメーバ姓赤痢になるか…
こうして、私たちのダサスワメートガート通いも、間遠になっていった。
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